映画評「題名のない子守唄」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年イタリア映画 監督ジュゼッペ・トルナトーレ
ネタバレあり

ジュゼッペ・トルナトーレは現役では山田洋次と並んで最もご贔屓にしている監督である。今回はちょっと違和感を覚える部分もあるが、やはり語りが上手く、惚れ惚れした。

イタリア北部の町トリエステに流れ着いたウクライナ移民の女性イレーナ(クセニア・ラパポルト)が管理人をたらし込んでアパートの掃除婦になり、親しくなった貴金属商の家政婦をらせん階段から落として重傷を負わせ、まんまとその後釜になる。夫婦(夫ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、妻クラウディア・ジェリー二)には4歳になる娘テア(クララ・ドッセーナ)がいるが、後釜になる前に家政婦から失敬して作った合鍵で部屋に入り調べものをする。

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前半はとにかくミステリアスな展開で、彼女の目的は何か、金銭か脅迫か。そのヒントになるのが彼女の脳裏を横切る淫靡な過去である。
 即ち彼女は“黒カビ”と呼ばれる女衒(ミケーレ・プラチド)に支配されている奴隷的売春婦で、恋人との逢瀬もままならぬ。そうした様子が小出しに紹介されるが、細かすぎるフラッシュバックは些か気に入らない。正統派としての実力のあるトルナトーレはこんな小手先の演出は要らないはずである・・・などと思っているうちに、実はこれも巧妙な話術の一つということがだんだん判って来る。

中盤を過ぎて観客が死んだと思い込まされていた“黒カビ”が現れ、彼女のみならず一家にも危険が及びそうになり、強力なサスペンス場面が続く。ヒロインが家探ししている時に主婦が近づいてきたり、“黒カビ”と主婦がニアミスする場面ではアルフレッド・ヒッチコックの「マーニー」もどきのサスペンス醸成が強烈。

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終盤主婦が殺され、犯人として逮捕されたヒロインから真実が明かされる。実は細かいフラッシュバックは子供に関して観客をミスリードする策略でもあったわけで、誠に鮮やかである。

さて、ここまではミステリー、サスペンスとして語ってきたが、中盤頃から小出しに見えて来る本作本来の狙い、即ちヒロインの幼女テアに対する思いについて語らねばならない。
 彼女はテアを好きな人との間にできた実の娘と信じて接近する。主婦から奪う気はないが、付き合う時間が増えるに連れ彼女の母性の噴出は大きくなっていく。この幼女には自己防衛不全とでも言うべき障害があり、幼女を縛りつけて立ち上がらせる修練を繰り返す。余りにも厳しいその様子に寧ろ愛情の大きさを感じずにはいられない。その修練が彼女自身のひどい体験とオーヴァーラップするが、方や愉悦の為の暴力であり方や愛情故の暴力もどきであり、その似て非なる対照は激しく我々の心に迫る。従って、ホッとする幕切れに批判的な意見に僕は異を唱えたい。残酷な幕切れにしてしまうと、母性という本来温かいものであるテーマが死んでしまうのである。

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そして、トーンを激しく変えたように見せながら、ミステリー/サスペンス風の作劇を通して女性の母性を浮かび上がらせようとする態度は一貫している。この巧みなトーンの扱いには感嘆の溜息が洩れる。

クセニア・ラパポルトとクララ嬢は今年一番の収穫と言っても良い好演。

♪ああああ~ トルナトーレは やはり うまかった~(「長崎は今日も雨だった」の最終フレーズの音符で歌ってください。やや字余り)

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この記事へのコメント

2008年09月15日 19:26
オカピーさん
僕もかなり深い映画だと思いました。
「黒かび」というのは、ある種の典型的な「女衒」のようですが、その精神構造は、ファシズムを暗喩しているような気もしました。
なんか、イタリアでは「黒かび」という言葉にこめられている意味があるんでしたっけねぇ。
シュエット
2008年09月15日 19:45
>女性の母性を浮かび上がらせようとする態度は一貫している。
同感です。母性が描かれていると思うのですが、こういう風には捉えてないブロガーさんが多いみたいです。
ウクライナ移民のこうした売春の実態と言うのは、この映画を観てからニューズ・ウィークでいまやイギリスで急成長している一大産業になっているという記事を読み、改めてこの映画の描かれている背景を思いました。
「マレーナ」も最近見直す機会があり、少年の淡い恋心という純粋な目を通して戦争を描いた、やはり素晴らしい映画だと思いました。
2008年09月15日 20:56
こんばんは!
これは劇場で観賞しましたが、とても感動し、また「黒かび」の使い方にはええっ??っとのけぞってしまい書きかたがうまくまとまらず、記事にしそびれた作品です。(涙)
もうDVDも出ていることだし、またじっくりと見て感想を書きたい作品ですね。
トルナトーレ監督はすごい”力技”を持ってきます。
1本背負いくをくらったみたいに観客をボ~ゼンとさせる力がありますね。余韻もすごいし。
「記憶の扉」「教授と呼ばれた男」などの初期作品も好きです。
最初はめちゃくちゃ男性っぽい硬派な作品でしたが、だんだん女性の視点で(母親を思ってか)映画を撮るようになってきた方ですね。
オカピー
2008年09月16日 02:15
kimion20002000さん、こんばんは。

>ファシズムを暗喩
そんな気もしますね。
「マレーナ」でもあの時代を扱っていますし、トルナトーレにはファシズムには強い否定的見解があるのではないでしょうか。

>黒かび
よく解りませんが、黒シャツ隊を想像させる?
オカピー
2008年09月16日 02:24
シュエットさん、こんばんは。

>母性
僕は中盤以降それ以外何も考えられませんでした。

>ウクライナ移民のこうした売春
ソ連解体後暫くロシアでは大学を出ても就職ができず、大学での娼婦が多い、というニュースを聞きましたが、移民には移民なりの事情があり、やはり差別されてなかなかまともな仕事に就けないんでしょうね。
そう言えば、「こわれゆく世界の中で」の娼婦がウクライナ人でしたか。

>「マレーナ」
お気に入りです。
前期思春期のユーモアと反戦的な思いがうまくミックスされていましたね。
オカピー
2008年09月16日 02:44
しゅべる&こぼるさん、こんばんは。

>「黒かび」の使い方
今思うと、「黒かび」は一種の狂言回しでしたねえ。

>“力技”
そんな感じがします。そこが、リアリズム至上主義の人々には気に入らないのでしょうけど。
余韻も深いですねえ。
僕は彼の作品の場合上手さに酔ってしまうから、余計です。

>「記憶の扉」
はviva jiji姐さんお薦めの作品。
僕は当時は「悪くない」程度の印象。でも面白かった。

>女性の視点で(母親を思ってか)映画を撮るようになってきた
多分「マレーナ」辺りからね。

>またじっくりと見て感想を書きたい
是非是非書いてくださいよ。
シュエット
2008年09月16日 13:49
横レスさせてくださいな。
>女性の視点で(母親を思ってか)映画を撮るようになってきた
多分「マレーナ」辺りからね。
トルナトーレ監督って、女性、母親、子どもの視点を通して描くのが巧みだなって思います。「ニュー・シネマ・パラダイス」でもトトや母親の姿を通して戦争の悲劇を語っているし、成人してからのサルバトーレが故郷に背を向け続けたのか、アルフレッドとの約束だけでなく、彼の故郷においてきた思いが、母親の「電話にはいつも違う女性が出てきたわ。でも本当にお前を愛する女の声をまだ聞いていないわ」言葉から、切実に伝わってくる。公開版では、葬儀で帰ってきたサルバトーレと恋人との再会シーンを削除し、あくまでも少年時代にウェイトを置いて、大人のサルバトーレにはほとんど語らせていない。
だから最後のあのフィルムの場面で、アルフレッドがいった、映写室を愛したころのトトを忘れるなって彼の言葉が重なって、すごい感情移入してしまう。感動!

シュエット
2008年09月16日 13:51
続き。
「マレーナ」でも少年の目を通してマレーナという一人の女性が味わう悲劇や、大人たちのエゴ、戦争が人々の心にもたらした傷跡を描いている。そういう間接的な視点の語りが巧みだなって思う。彼の視線は常に弱者に向けられている。そう思います。
オカピー
2008年09月16日 23:27
シュエットさん、こんばんは。

>視点
トルナトーレは実際には男性だから、厳密には女性や母親の視点には立てないわけですが、しゅべる&こぼるさんやシュエットさんから共感を得るほどですから、他者に対する洞察力・人間に関する観察力に長けているんですね。
子供の視点ということに関しては彼も数十年前は子供だったわけで、「ニュー・シネマ」も「マレーナ」も大変気分が出ていました。

>彼の視線は常に弱者に
そうですね。
子供、(ある状況下での)女性、貧者、移民、etc.
イタリア映画の伝統かもしれません。

各人の思いは色々でしょうが、「ニュー・シネマ」で僕が何より感心したのは、彼の映画への愛情を、クラシックな意味で「上手い」映画を作ることで表明するのに成功したことです。
久しぶりに母子が再会する場面での、毛糸の扱い。あんな上手い、サイレント映画みたいな印象的なショットはちょっとやそっとじゃ作れない。
あのシーンがあるだけでも映画史に残る名作とさえ言いたいと思いましたよ。

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