映画評「男はつらいよ 寅次郎紅の花」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1995年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

「男はつらいよ」シリーズは第1作を除いてテーマ【映画 あ行】から省きましたので、テーマ【山田洋次】にて検索をお願い致します。

シリーズ第48作。いよいよ寅さんとお別れである。
 また、本シリーズ全てを任されてきた撮影監督の高羽哲夫が本作を撮り終えることなく亡くなり、長沼六男が後を引き継いだ。

公開の年の一月に阪神大地震があり、寅さんがその時ボランティアとして活躍したことが紹介される。このシリーズをずっと観て来ると日本社会の変遷がよく分るので大変興味深いわけであるが、これほどストレートに扱った例は他にない。
 僕は第42作(ゴクミ・シリーズ第1作)から山田洋次は本シリーズに他の山田作品のムードを本格的に導入し、それまで作品の底辺に密かだが確実に置いていた社会性や現実性を表面化させたものと解釈している。意図的なものというより渥美清の健康上の理由によりそうせざるを得なくなったのだろうが、それを契機に新しい血を入れることにしたのではないか。しかし、シリーズの根本的な部分での変質は全く感じない。従って、映画批評家・山根貞男氏が寅さんを「虚構のなかの虚構」と定義し、大震災の現実とは相容れないとしたことは全くの認識不足と思う。

さて、42作以降の実質的な主人公・満男は泉(後藤久美子)に結婚の相談をされて「良かったじゃん」などと間抜けなことを言ってしまう。
 わざわざ男である満男に話に来るのだから、彼女は<反対して貰いたい>=<愛の告白>を期していたはずなのだ。リリー(浅丘ルリ子)の言葉を借用すれば、満男はオタンコナスだが、微妙な心理が交錯する大変面白い場面である。

泉は結婚するしかなくなるが、衝動に駆られた満男は花嫁衣裳を着た彼女と新郎らの乗るタクシーを通せんぼ、結婚を事実上の破談に追い込んでしまう。
 仁義の人・寅さんにはできない芸当だねえ。オタンコナス返上。しかし、もう少し早くこれが出来れば混乱はなかったのにねえ。

満男が茫然自失の体でやって来たのが奄美大島、そこでリリーと出会い、さらに同居していた寅さんと再会する。
 「寅次郎ハイビスカスの花」の続きみたいな感じだが、ここでリリーが啖呵を切り、寅さんが格好ばかり付けて本音を告白しないことを責める。これ即ち<寅さんは格好をつける男>がテーマである。

終盤、その格好付け男が柴又でまた喧嘩をしてリリーが出て行く際さくらの説教を受け一大変心、奄美大島まで彼女に連れ添って行く。
 リリーとさくらが話している数十秒間に頭の中で繰り広げられたであろう彼の葛藤はいかばかりか。直接描写を完全に排して観客の想像力に訴え感慨を呼び起こす。シリーズの名場面に数えて良い。
 寅さんは鞄を持たずにタクシーに乗る。これは永遠にリリーと身上(しんしょう)を共にする寅さんの決意の象徴であろう。不幸にも鞄は三平君(北山雅康)によりもたらされ、寅さんの放浪癖が終らないことを暗示するが、そうであってもここにこの二人は事実上の夫婦になったと解釈したい。

第49作のタイトルも決まっていたので、山田監督はこれを最後にするつもりはなかったはずなのだが、実際には覚悟していたのか。全体の回顧的内容、TVシリーズが奄美で終ったことに対する呼応を考えると、偶然にしては出来すぎなのである。

不世出の名俳優・渥美清のアリアを特別出演された山田監督は「名落語家のよう」と仰ったが、それはずっと感じてきた。
 さらに、僕はいつか山田演出を「古典落語の呼吸である」と評したことがある。脚本だけの参加に終った第3作と第4作に対して覚えた不満の原因を考えていた時(漫才ファンには申し訳ないが)山田監督の呼吸と味は古典落語で他の監督は漫才...その落差だという結論に至ったのだ。

遂に見納め。山田監督、渥美清は日本映画の宝、本シリーズは日本の至宝と宣言し、我が「男はつらいよ」評も全巻の終わりとする。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

ぶーすか
2007年01月29日 07:45
最後は山田監督への質問コーナーも良かったですね。寅さんを評して「名落語家のよう」というのはまさに!プロの落語家でもあれだけ人を引込む話ができるのは少ないと思います。「古典落語の呼吸」という御指摘も納得です。落語は不勉強であれこれ言えないのですが、人情味あふれるテーマ自体が「古典落語」に通じるものがあるなぁ…と前々から感じてました。ところで、今度の再放送希望、どの作品を押しますか?私はしばらく悩みそうです^^)。
オカピー
2007年01月30日 01:43
ぶーすかさん、こんばんは。
私が一押しは「寅次郎ハイビスカスの花」ですが、これはまず選ばれるでしょう。作品の出来栄えからではなく、津波情報でめちゃくちゃになった「寅次郎の縁談」をもう一度放送してほしいと思いますね。

後期のわがベスト5は
「寅次郎ハイビスカスの花」
「知床旅情」
「寅次郎紅の花」
「夜霧にむせぶ寅次郎」
「寅次郎の告白」

この記事へのトラックバック

  • 男はつらいよ~寅次郎紅の花~

    Excerpt: お兄ちゃん、 一緒になるなら、 りりーさんしかいないのよ! Weblog: RUU-Blog  ~後悔と反省の日々~ racked: 2007-01-28 15:06
  • 男はつらいよ 寅次郎紅の花

    Excerpt: 男はつらいよ 寅次郎紅の花(1995/日本) 評価(お奨め度)★★★★☆ 監督: 山田洋次 製作: 中川滋弘 プロデューサー: 深澤宏 企画: 小林俊一 原.. Weblog: シネマの箱 racked: 2007-01-28 23:23
  • 「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様」「男はつらいよ 寅次郎 紅の花」

    Excerpt: ●男はつらいよ 拝啓車寅次郎様 ★ 【NHKBS】シリーズ47作目。売り出し中の演歌歌手(小林幸子)を励ます寅さん。就職したが仕事が上手くいかない満男は滋賀県長浜の先輩宅に気晴らしに行くが、その先輩.. Weblog: ぶーすかヘッドルーム・ブログ版 racked: 2007-01-29 07:23