映画評「時計じかけのオレンジ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1971年アメリカ映画 監督スタンリー・キューブリック
ネタバレあり

「2001年宇宙の旅」の3年後スタンリー・キューブリックが発表した問題作である。
 原作はアンソニー・バージェスが妻を兵士に暴行された実体験をベースに書いた近未来SF小説で、題名は英国スラングで【何を考えているか分らない変人】を指すという。

子分3人と共に暴力とセックスに明け暮れる不良少年アレックス(マルコム・マクダウェル)はホームレスを嬲り、対立するグループをなぎ倒し、作家の妻を強姦、やがて女性を殴殺した時子分の裏切りに遭い殺人の罪で逮捕される。

マカロニ・ウェスタンやサム・ペキンパーなどで映画の中での暴力はより激しくより大量に描かれつつあった時代とは言え、まだ血の量で勝負したところがあったので、血の出ない精神的な暴力性にかなりびっくりさせられた作品である。特に前半はちょっと類を見ない凄みがある。

後半、アレックスは刑務所の中で薬を注入され、暴力的な映像をベートーヴェンの第9と共に見せられた結果、暴力にもベートーヴェンにも嫌悪感を覚える【時計じかけのオレンジ】となってしまう。
 ここでは【変人】というより【機械じかけのような為すがままの人間】といった意味だろうが、破天荒な展開とムードだった前半に比べると魅力は落ちる。

しかし、その中で作家の扱いは複雑で巧い。
 警官になった元の子分二人に嬲られつくしたアレックスが気付かずほうほうの体(てい)で前半に出てきた作家の家を訪れる。作家は当初気付かないのだが、少年の歌う「雨に唄えば」で彼の正体に気付き、体制の自由への圧力を批判しながら彼に復讐しようとする。
 作者は彼をアレックスとダブらせ、人間の二重性を描いている。
 つまり、本作は【人間の制限されない自由】が主題である。誤解を招かないように言い直すと、【人間から自由を奪うことは許されない】というメッセージを発した作品である。無論、キューブリックの他の作品における非人間性というテーマを考えれば解るように、暴力を肯定しているわけではない。

キューブリックは「2001年」でもインテリアに面白さを発揮したが、ここでも男性の陰茎をモチーフにした置物などインテリアの面白さが満点、また、奥行きを強く意識させた撮影は大いなる魅力である。

当時主人公の使うロシア語「ハラショー」が映画ファンの間で流行したが、今回の原田眞人訳では「ホラーショー」となっていた。ロシア語の発音では「ハラショー」が近いので「ロッキー・ホラー・ショー」を想起させるカタカナには抵抗あり。
 その他良く出て来るドルーグは「友人、仲間」の意味で、ビーディは英語のseeに相当する。但し、実際のロシア語にビーディという語形はなく、ここではロシア語風スラングのような形で使われていると理解したほうが良いようだ。

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この記事へのコメント

かよちーの
2007年01月08日 12:03
オカピーさん、こんにちは。
寒中お見舞い申し上げます。
この作品、人間の汚いところを見せているのになぜか嫌悪感を感じない不思議な作品だと思います。
なぜかわたしの友人には熱狂的にこの作品好きが多いです。ちなみにわたしもDVDを持ってます。
ところで造語みたいなものがロシア語だったとは今更ながらここのレビューで知りました。ありがとうございます。
オカピー
2007年01月09日 03:59
かよちーのさん、こんばんは。
直接的な暴力描写を抑えているのが嫌悪感を呼ばない理由の一つでしょうが、人間の二面性を描いた奥行きのある内容が緩衝材になっているかもしれませんね。

えーと、ロシア語は私の専門分野でして。お役に立てて何よりです。
カカト
2007年03月02日 15:20
ホラーショーはハラショーだったのですね。
私も「ハラショー」が流行したということは聞いたことがあったのですが、出てこないなぁと思ってたんです。鈍いですね。

私のお気に入りナッドサッド語は「スパチカねんね」です。
オカピー
2007年03月02日 16:00
カカトさん、こんにちは。

ハラショーхорошоは、英語のgoodに相当するхороший(ハローシー)という形容詞の短語尾中性形または独立した副詞で、文字通り返事で使われる"good"(よろしい)、或いは副詞の"well"(良く、うまく)に相当する単語です。
ロシア語そのものではないと解釈すると「ホラーショー」でも良いのでしょうが、前の訳(多分高瀬鎮夫氏)やロシア語を知っているので気になりました。

「スパチカねんね」は勿論一部日本語訳になっていますが、「眠る」という動詞の原形「スパーチ」から作られたのでしょう。
トルチョック
2007年03月15日 22:13
原作を見るとホラーショーは綴りもそのままHorrorshowです。
元はロシア語のハラショーでしょうけど、ナッドサッド語はロシア語ではないのでホラーショーの方が正しいと思います。
オカピー
2007年03月16日 18:23
トルチョックさん、こんばんは。

情報有難うございます。
そうでしたか。
ロシア語でもハラショーとホロショーの間くらいの曖昧母音ですからどちらでも良いのですが、「時計じかけのオレンジ」をリアルタイムで見た世代としては最初のカタカナである<ハラショー>に愛着があるんです(笑)。当時の映画雑誌をひっくり返すと、そこらじゅうに<ハラショー>という文字が躍っていますよ。懐かしいな。
モカ
2019年10月25日 19:04
こんにちは。

「if もしも・・・・」 からこちらも覗いてみましたが、これはもう一度観たくない映画のリストに入ってますのでノーコメントです。(笑)


新井潤美の「不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む ”階級” 」 平凡社新書

 この本に「時計仕掛け・・・」の他に表題のメアリー・ポピンズや、J・オースティン、レベッカ、コレクター 等々がイギリス社会の階級や、階級によって違う言葉使いから語られていて、軽く読めますが面白いです。
もしまだお読みになっていなかったら、新書ですしハードな読書の合間の箸休めにどうぞ・・・

この本によると、ハラショーでもホラーショーでも、そんなにこだわる事はないようですよ。
 

オカピー
2019年10月26日 17:38
モカさん、こんにちは。

>新井潤美の「不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む>”階級” 」 平凡社新書

勿論読んでいないですねえ(笑)。
図書館検索で調べてみたら、直接は借りられない図書館にしかありませんでした。手続きを踏めば借りられるので、後程に^^


>階級によって違う言葉使い

違いますねえ。「マイ・フェア・レディ」の世界。


>ハラショーでもホラーショーでも、

ナッドサットという、ロシア語を基に彼らが作り出した言葉らしいので、どうもそうらしいですね。

この記事へのトラックバック

  • 「時計じかけのオレンジ」を観ました

    Excerpt: 「時計じかけのオレンジ」 (A Clockwork Orange) 1971年イギリス 監督 スタンリー・キューブリック 出演 マルコム・マクダウェル パトリック・マギー .. Weblog: 私が観た映画 racked: 2007-03-02 15:15
  • 時計じかけのオレンジ 1971年/イギリス【DVD#127】

    Excerpt: 過激な暴力描写やルドヴィコ治療の洗脳シーンなどショッキングな場面が多く見られますが、この作品の殺伐とした雰囲気の根本原因は、登場人物の誰にも人を思いやる心がないということに尽きます。一人残らず徹底的に.. Weblog: オールド・ムービー・パラダイス! racked: 2007-03-14 00:44