映画評「探偵物語」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1951年アメリカ映画 監督ウィリアム・ワイラー
ネタバレあり

その昔、私のライブラリーから「探偵物語」の文字を発見した友人が一言。「あっ、薬師丸ひろ子!」
 笑い話のような昔話はこのくらいに留めて、いつも通り硬派に行きますぞ。

ウィリアム・ワイラーは映画演出の名人である。何を撮っても絶妙に計算されたカメラワークと編集を見せるが、中でも室内の撮り方には絶品と言えるものが多い。シドニー・キングズリーの舞台劇を映画化した本作など正に打ってつけである。

タイトルバックはニューヨークの大俯瞰。
 万引き女(リー・グラント)が21分署に連れて来られ、いよいよこの完璧な室内劇が始まる。
 署内では様々な人物が休みなく出入りするが、その中には出来心で横領した若者(クレイグ・ヒル)や強盗犯(ジョゼフ・ワイズマン)などがいる。
 弁護士が署長に対し「堕胎医を自首させるが、担当のマクロード刑事(カーク・ダグラス)に乱暴させるな」と告げるが、マクロードは証人が消え去った悪運の強い堕胎医をこてんぱんに殴りつける。

序盤は目まぐるしく群像劇的に進むが、この辺りからワイラーはテンポを変え、じっくりと一人の男の性格を凝視するようになっていく。一人の男とはマクロードで、愛し合っている妻メアリー(エリナー・パーカー)とは子供ができない模様ということが序盤の会話から解るが、これを伏線として終盤結婚前に彼女が処理を任せた堕胎医が絡んで署長の誤解から夫婦関係は瓦解してしまう。

狙いはマクロードの融通のきかない強い悪への憎悪心を描くことにあり、周囲の人物はそれを引き出す触媒のような存在である。
 憎悪していた父親から知らず引き継いでいた寛容のなさが彼をして墓穴に足を踏み入れさせ、遂に刑事は強盗犯が刑事から奪った拳銃により殉職する。
 母を死に追い込んだ父と同じ汚れた血が流れていることに気付いて愕然とし、それが彼を死へと誘うという図式で、初めて観た中学一年の時この幕切れに打ちのめされた。その後15年ほど前に一度観ているはずだが、今回もその強烈な印象に変わりがない。

当時は気付かなかった緩急の自在、鍵の掛からない洗面所やスイング・ドアといった小道具の扱い方に今回は特に感心した。この小道具の扱いと僅かなパンで室内全体を把握するテクニックをもって、ほぼカメラが外に出ない演劇的な構成にありながら映画が演劇と違うことをいかんなく示し、見事である。
 刑事が不用心に腰に差している拳銃を強盗犯が狙っているのもあっさりと示し、最後への伏線としている。殊更強調したら幕切れは死んでしまうし、何もしなかったら唐突な印象に繋がってしまう。この辺りの匙加減はワイラーの名人たる所以である。

ダグラスは好調、エリナー・パーカーは美しい。もっと活躍しても不思議ではなかった美人女優だが、作品歴は意外と地味に終っている。舞台版にも出演していたというリー・グラントの万引き女が脇役では抜群。アクセントになっているだけでなく、傍観者的に活躍し作品の中で良い支柱を成している。

邦題は世紀の大誤訳。

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この記事へのコメント

ぶーすか
2006年11月11日 15:44
こんにちはーTB&コメント有難うございます。
おおー!オカピーさんの珍しい満点が出ましたねー!
<ほぼカメラが外に出ない演劇的な構成にありながら映画が演劇と違う
私もこの作品で特に感心したところですが、なるほどーその秘密は小道具の扱いとカメラワークだったんですね…。群像劇として展開しながらも「一人の男の性格を凝視する」というテーマはブレないところがさすがだと思いました。
オカピー
2006年11月12日 02:04
ぶーすかさん、こんばんは。
大半の鑑賞者は物語だけで<面白いつまらない>を判断されるでしょうが、一流の監督さんはあらゆる点に目を配っていますから、そこを分析したりするのが映画の楽しみですよね。私が昔の映画の評価が高くするのは、そういう個所が多いからであって、決して古典偏重などではありません。

主人公は、母親を死に追い込んだ父親を激しく憎み、そこから<悪への憎悪心>を育んでいったわけですが、自らの中に死にも値する不寛容が父親から受け継いでいることに愕然とする。つまり、自ら抹殺すべきと思った存在が自分でもあったというお話ですから、彼は死ななければならないのです。
kabumasa
2006年11月16日 20:51
こんばんは。発音問題でご迷惑かけました。
暇なもので拾い読みして楽しませてもらっています。ここから
screenさんのところへ飛んでしまって、そこでもオカピーさん
がコメントされているのを読んでしまいました。
gunshyのうんちくも。でも、あの映画を見ても「銃恐怖症」では
ないんではないかと。あの言葉は英語でよくある、そうdogなんか
の複合語でみたいなもので、具体的なもので合成複合してできた
一種の比喩の言葉ではないかと。形容詞みたいなもので、「用心深
い奴やな」みたいな感じではないかと見た時に思ったのですが。
英語はまったく難しいもんです。失礼しました。
探偵物語は昔初めて見たとき、題名通りの私立探偵ものだと思って
いたら、刑事ものだったのでありゃりゃと感じたことあり。
オカピー
2006年11月16日 22:43
kabumasaさん
いやいや、どちらが迷惑を掛けたか判りません。

 gun-shyについては、私の限られた知識ですが、両方の意味がありますよね。文字通り「銃(声)に怯える」と「臆病な」という。少なくとも研究社の辞書ではそうなっています。用心深いというよりchicken-heartedといことでは?
 捜査官が捜査ミスにより殺されそうになり臆病になるというお話の経緯を考えれば、ただの臆病というよりは寧ろ「銃恐怖症」で正解と思います。だからわざわざgun-shyという単語を選んだわけでしょう? 
 「銃恐怖症」と言ったって何も具体的な病気を指すわけではなく、girl-shyと同じレベルの話です。
 その正否はともかく、【スクリーン】誌の「内気な銃」というのが誤訳中の誤訳というのが主旨だったわけです。

まあ、私の少なからず外国人と付き合いがありますので、日本の英語の辞書が当てにならないことは百も承知です。
それから、トルコ語は勉強しました。専攻はロシア語です。
オカピー
2006年11月17日 03:18
kabumasaさん

上の説明で既にお解かりと思いますが、「銃恐怖症」は「銃を怖がる」という意味で使っていたので、名詞だとは最初から思っていません。
私の英語力は欧米人とまあ無難にビジネス会話が出来る程度で、大したことはありませんが、まさか -shyとなっている単語を名詞と思うような、高校生みたいなミスはしませんよ(笑)。念の為。
FROST
2007年03月19日 00:25
お、スイングドアのことが書いてある!ドア脇にいた警官が、戻ってくるスイングドアを(見ないで)後ろ足に受け止める場面が妙に記憶に残ってるんですよね。ああいうシーンがさりげなく入ってると臨場感がぐっと高まってうれしくなります。その場のリアリティを徹底的に考えつくしていないと撮れないだろうなと思いますが、そういうシーンが当たり前のように入っているのが凄いところだなと思いました。
オカピー
2007年03月20日 02:27
FROSTさん、こんばんは。
ワイラーの室内劇と上手さは定評があって、特に階段の使い方は抜群ですが、本作では階段は活躍しない(笑)。
その代わりスイングドアや拳銃を上手く使いましたね。
私は、職人ワイラーを尊敬するという映画監督の出現を期待しているのですが、ちょっといないようです。

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