映画評「恋のエチュード」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1971年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり

フランソワ・トリュフォーはアンリ=ピエール・ロシェの小説「ジュールとジム」を映画化して傑作「突然炎のごとく」を作ったが、ロシェのもう一つの作品「二人の英国女性と大陸」を映像化したドラマである。そして、この二作は表裏一体の作品なので、両方を観ると感銘がより一段と深くなることは間違いない。

1910年頃、フランスの青年クロード(ジャン=ピエール・レオー)が、母の知人である英国娘アンヌ(キカ・マーカム)に誘われ渡英、アンヌが目を病んでいる妹ミュリエル(ステイシー・テンデター)と彼をしきりに結び付けたがるものの、結局どちらとも結ばれずに帰国。
 数年後パリに研修に来たアンヌと結ばれるが、彼女は奔放な愛の末に結核で死に、今度はブリュッセルに教師として赴任するミュリエルと結ばれるが愛は成就せず、風の便りに彼女が平凡な結婚をしたことを知り、アンヌとの思い出のあるロダン美術館で青春の朽ちやすさを噛みしめる。

「突然炎のごとく」は一人の女性を巡る男性二人の恋模様で、こちらはその逆のパターンであるが、作品の中でクロードの処女小説が彼の経験を逆にしたものと説明されている。この瞬間、クロードはロシェ自身、処女小説が「ジュールとジム」であり、この原作小説が自伝小説であることが解るのである。

長編3作目「突然炎のごとく」で成し遂げた映画文学は至上の完成度を誇っているので、才人トリュフォーをもってしても容易にそれを超えることはできないが、奔放だった旧作に対し、こちらは短い間隔でフェイドアウトを多用(アイリスでのアウトは恐らく2箇所)してリズミカルな古典主義的な印象をもたらしている。

非映画的であるはずのナレーションを多用して逆に映画的なリズムを作り出しているのも一連のトリュフォー映画文学の特徴である。
 これら一連の作品における主題は、<恋愛という人間の原罪的な苦悩>であると思うが、本作でのミュリエルの苦悩の告白はまた壮絶であり、現実的な対応をするうちに誰とも真摯に結び付くことなく青春を終えたことに気付いて呆然とするクロードの姿もまた感慨無量。
 一人が死に、一人が結婚して去ったことで彼は心の平和を得るが、心の平和が人生の幸福とは限らない、という幕切れの作者(ロシェ及びトリュフォー)のつぶやきが心に染みる。その無表情から陰鬱を秘めた大陸的ドライさを感じさせるレオーは見事である。姉妹に扮した英国女性の二人も好演。

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この記事へのコメント

ぶーすか
2006年10月28日 14:38
「恋のエチュード」は何度も見たくなるような作品でした。オカピーさんは、それよりも「突然炎のごとく」の方がイイんですね。「突然炎のごとく」はかなり前にNHKBSで観ましたが、あまりピンとこなかった…というか、その良さが理解できなかったです^^;)。でもそちらのコメントを拝見して、観るポイントを教えて頂いたので、再見すれば、また印象が変わりそうです。
オカピー
2006年10月29日 03:34
ぶーすかさん、こんばんは。
もう20年近くも前になりますが、姉に「突然炎のごとく」と「私のように美しい娘」は良いぞ~ということで薦めたのですが、やはりピンと来なかったようです。

「突然」は本文にも書いたのですが、映画がある意味最高の文学を超えたのではないかと思った作品です。具体的に言えば、敬愛するフランスの大作家バルザック、スタンダール、モーパッサン、ゾラすら超えたのではないかと思いましたね。
内容的には、やはり心の平和と人生の幸福という矛盾が印象深いです。
それ以上に映画的な魅力が絶大でした。移動撮影を多用した柔和なムード、フェイドアウト、アイリスなどを巧みに使用した流れるような編集、お見事でした。興奮しましたよ。
十瑠
2006年10月29日 13:43
>現実的な対応をするうちに誰とも真摯に結び付くことなく青春を終えたことに気付いて呆然とするクロード

おおっ、鋭い言い回し!

ミリュエルの決断は宗教に根づくモノなのでしょうが、2回目の鑑賞でどうにか胸に納まりました。女ならでは、とも受け取りましたね。
オカピー
2006年10月30日 02:08
十瑠さん

文才がなく滅多に文章は褒められないので、感激です。

原題から暗示されますが、英国人VS大陸(フランス)人の性格の違いも描いているような感じもしますね。
シュエット
2008年09月26日 14:07
ロメールに引き続きトリュフォー作品で連日お邪魔をいたします。
ここで描かれている初体験の肉体の生々しい痛みの描写には,どきりとしてしまいました。こういう生々しさは本作だけではないでしょうか。トリュフォーのフィルモグラフィーをみてみても本作はドワネルに象徴される、トリュフォーにとって青春の訣別としての意味をもつ作品なんだろうなと思います。以降は終電車、隣の女など、トリュフォーは大人になってますものね。エピローグだけは何度も観てしまいました。この作品は一度目はすこし重さを感じたのですが、もう一度見直したらすっごく胸に迫るものがありました。
話が変わりますが、トリュフォーは「アデル」もそうだし「隣の女」も究極のハッピーエンドだといってる。死という極限で高揚する状態は一つのハッピーエンドだろうと。「隣の女」もう一度見直してみたいと思います。この3部作をみていて、トリュフォーって人が、なんかちょっとは分かってきたかなって思えるようになって、彼の作品に流れてるものが少しは見えてきたかなって気もします。
オカピー
2008年09月27日 00:57
シュエットさん、こんばんは。

>初体験の肉体の生々しい痛みの描写
ちょっと例がないでしょうねえ。

>青春の訣別
そうですね。
主人公のつぶやきはそのままトリュフォーの感慨であるはずですから。
と同時に、ここからトリュフォーは本格的に彼流の映画文学を中心に作品を撮っていくことにしたような気がします。
「アデル」「終電車」「隣の女」。
遺作となった「日曜日が待ち遠しい」もミステリーの枠だけに閉じ込められない絹のようなタッチの作品でした。
やはり好きだなあ、トリュフォー!

>「隣の女」・・・究極のハッピーエンド
トリュフォーの言葉は初めて聞きましたが、語り部の女性の一種羨ましさが混じった話し方から、そんな感じで撮っているのが何となく伝わってきましたよ。
2008年09月27日 23:09
オカピーさん、こんばんは。
やっぱり、いいですよね、オータン・ララの作品、あっ違ったトリュフォーの作品って(笑)。
それにしてもオカピーさんのいう「トリュフォーの映画文学」は、ほんとに戦前のフランス映画。わたしが名付けるとすれば「ヌーヴェル詩的レアリスム」です。
原作の選び方やアイリスの使用、姉妹が占いを見てもらうシークエンスでは、フェデール&スパークの「外人部隊」を思い出しました。
でも、単純に古典に回帰しているわけでもないようにも思います。トリュフォーも古典に戻りながらも、何か新しいものを探していたんではないでしょうか?
ネスター・アルメンドロスのカメラもルノアールの絵画を見ているようですし、クロードとのミリュエルの初体験のシークエンスも凄かったです。

最近、「ゴダールの探偵」を観ましたが、なかなか素晴らしいフィルム・ノワールでした。何とドロンの「真夜中のミラージュ」からの引用もあるんですよ。これは凄い発見でした。
では、また。
オカピー
2008年09月28日 03:32
トムさん、こんばんは。

トリュフォーって良いでしょう!
エリック・ロメールも悪くはないけど、やはり漫談スケッチ的な感じで、絹のようなトリュフォーの味わいには及ばない。
アントワーヌ・ドワネル後期のトリュフォーの感覚を継いでいるのが、「スパニッシュ・アパートメント」シリーズのセドリック・クラピッシュ。未見でしたら一度ご覧あれ!

>単純に古典に回帰しているわけでもないようにも
勿論。
自分で出演したり、ヒッチコックの気分も持ち込んでいますから。
それは冗談として、30-40年代の作品より人間を裸にむいてしまう感覚と言うか。トリュフォーの世界へ誘う独自のナレーションも素晴らしいでしょう。

>ゴダール
僕はゴダールを苦手にしていますが、それでも60年代の諸作は結構高く評価していますよ。
勿論チャンスがあれば「探偵」も観ます。70年代以降ではアラン・ドロンの為に「ヌーヴェルヴァーグ」だけはもう一度観て、トムさんの教えを請わないといけないと思っておるのです。

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