映画評「見知らぬ乗客」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1951年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり

アルフレッド・ヒッチコック第37作。
 原作はサスペンス小説家パトリシア・ハイスミス(「太陽がいっぱい」の原作「才人トム・リプリー」)のデビュー作で、主人公の職業など重要な部分も相当変えられていると聞く。

まず開巻から素晴らしい。二人の男の靴が交互に映し出され、列車の喫茶室で触れ合う。その間人物の上半身は一切映し出されないのだが、二人の主役とその腐れ縁の始まりの紹介としてこれほど素晴らしいものはない。
 一人は上院議員の秘書であり上り調子のテニス選手ガイ(ファーリー・グレンジャー)。もう一人は良家の息子ブルーノ(ロバート・ウォーカー)だが、この男は相手の生活に通じていて、テニス選手が議員の娘アン(ルース・ローマン)と恋愛関係にあり、浮気者の妻ミリアム(ローラ・エリオット)を疎んじていることを知っている。本人は父親を疎ましく思っているので、交換殺人をしようではないかと提案する。ガイは本気にせず「素晴らしいね」と言って席を立つ、<AからGへ>と刻まれたライターを残して。ブルーノはこれを手にした時犯行を実行する決心がつく。

このライターが小道具として最後まで活躍するのだが、一種の狂言回しの働きをしていることに注目したい。

さらに二つの重要な小道具がある。
 一つはブルーノが付けている大きく<Bruno>と象られたネクタイピンで、中盤から後半にかけてアンの注目を引く。そもそもこんなものを付けている男の歪んだ性格、贈った母親の異常性が想像され、事実母親が息子に劣らず異常なことが判る場面が後半にある。
 もう一つは眼鏡。絞殺されるミリアムが落とした眼鏡に殺害場面が映り込む演出が圧巻である。後年模倣演出が続出した。
 アンの妹(パトリシア・ヒッチコック)が眼鏡を掛けミリアムに似ている。これが中盤恐ろしい事態を引き起こし、勘の良いアンが事情を察知するきっかけとなる。

原作では建築家だった主人公をテニス選手にしたことも素晴らしい効果を生んでいる。二点指摘したい。
 テニスボールを追って観客が右へ左へ顔を動かす中で一つだけ微動だにしない顔がある。勿論ブルーノだが、「海外特派員」の風車と似た発想で、ヒッチコック映画の中でもお気に入りの場面に入る。
 もう一つは作品のハイライトと言って良いと思うが、試合を早く終らせて殺害現場へ行きたいガイと、証拠となるライターを現場に置きたいブルーノのカットバックである。2セットを順調に取ったガイは焦って3セット目を落とす。ブルーノは鉄格子のはまった下水口にライターを落としてしまう。ガイがボールをネットに引っかけ、ブルーノはライターを掴み損ねて落とす。観客も手に汗を握る。

欲深いヒッチコックは人物の性格描写が弱いと思っているらしいが、サスペンスが主役の映画では人間は脇役で十分。小道具の扱い方、ショットの構成の仕方など、ヒッチコックの繰り出す秘術にまんまとしてやられた感が強い。

この記事へのコメント

カカト
2006年04月12日 08:14
トラックバックしました。
オカピーさんの映画評を読んで、「私も自分の息子を損なったりしてるんではないか」と、心配になってしまいました。
あのネクタイピンのようなものをプレゼントする気はないですけどね・・。
オカピー
2006年04月12日 15:18
カカトさん、こんにちは。
いやあ、カカトさんはいつもそうやってご自分を客観視するスタンスをお持ちになっているので、全く問題ないでしょう。
敢えて本文には書きませんでしたが、ブルーノはヒッチコックの悪役の中でもトップクラスですね。あの母親にもぞっとしました。
十瑠
2010年01月23日 23:27
ご無沙汰なので、旧い記事にTB&コメントを。(コメントだけ残していた「ペーパー・ムーン」にも大きな時間差のTBをば)

メリハリの利いた傑作なので取り上げたポイントは殆ど同じですね。
ルース・ローマンとグレンジャーのキスシーンが、艶めかしかったのもウハウハでした♪
オカピー
2010年01月24日 01:07
十瑠さん、こんばんは。

>取り上げたポイント
ヒッチコックの映画は多くの場合そういうことになりますね。
見どころがはっきりしている。

>キスシーン
ヒッチ御大は結構好きなんです、キス・シーンが。
「汚名」とか、「泥棒成金」とか。

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