映画評「フレンジー」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1972年イギリス映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり

アルフレッド・ヒッチコック長編第52作。
 「引き裂かれたカーテン」「トパーズ」と60年代後半不調の続いたヒッチコックが捲土重来に成功したサイコ・スリラーの傑作である。

テムズ川でネクタイで絞殺された女性の死体が上がる。連続殺人の何人目かの犠牲者らしい。
 この作品の最初の見どころは、タイトルバックでテムズ川を空撮で捉え、同一カットのまま演説シーンへと移り、聴衆の一人が死体を発見する、というくだりである。今ならそれほど才能のない監督でも撮れそうだが、公開から間もない頃十代の僕は大変驚いた記憶がある。今若手が同じような場面を撮れるのはヒッチコックのような天才が見本を示した結果であろうと思う。

犯人探しに興味のないヒッチコックは、開巻15分後に早くも果物卸し業のバリー・フォスターが犯人であることを告げて「サイコ」系列のサイコ・スリラーである立場をはっきりさせた上で、運に見放された退役軍人ジョン・フィンチを事件に巻き込み、ヒッチお得意の<巻き込まれ型>として展開していく。その意味で【一粒で二度おいしい】作品と言って良い。

フォスターが別れた妻を殺害したのも知らずにフィンチが現場を後にしたのを目撃され、彼が確実な容疑者として警察に追跡され、その間に協力してくれるはずの恋人アンナ・マッセイまで殺されてしまう。万事休す。
 フィンチが玄関を出た後被害者の秘書が死体を発見して叫び声をあげるまで、ヒッチコックは延々と玄関を撮り続ける。間接描写によるサスペンス醸成である。それと似た手法がアンナが殺される場面で使われている。彼女とフォスターが部屋に入ると、カメラは階段を降り廊下を下がり玄関から外に出て、アパートの窓を映し出す。暗示による恐怖醸成。これぞスリラーの演出と言うべきで、この二つが中盤の見どころである。何度観ても余りの素晴らしさに声を失う。

フォスターはアンナを殺した際にネクタイ・ピンを彼女に掴まれたことに気づき、ジャガイモを運搬するトラックに乗せた死体から奪い返す羽目になる。
 観客はここで悪い奴にもかかわらずフォスターの身に起こる危難にヒヤヒヤしつつ、死後硬直が始まっていた為に起こる何とも珍妙なアクションの数々に笑ってしまうのだ。ヒッチコックは従来より恐怖とユーモアを縦横無尽に織り交ぜて我々を映画の世界に引き込むのを得意とした天才だが、ここはそれが最高に発揮された場面である。
 ユーモアと言えば、刑事アレック・マッコーウェンが夫人ヴィヴィアン・マーチャントの高級料理もどきに悩まされる一連の場面は絶品。まさに英国喜劇の味わいが最高に発揮されている。ヴィヴィアンの演技が特に良い。

スリラーやミステリーの類で幕切れに触れるのはエチケットに反するので止めておくが、その意外な幕切れまで、緩急自在・縦横無尽にテクニックを繰り出すヒッチコックの才能に「恐れ入りました」と降参するしかない一編。ご馳走様でした。

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この記事へのコメント

かよちーの
2006年01月17日 23:07
わたしも変な料理を出されるシーンが好きです。
あの雰囲気がたまりません。
かよちーの
2006年01月17日 23:10
あ、わたくしの生まれた年に作られたんですねえ~。
カカト
2006年01月19日 16:29
コメントをするのを忘れてました~。
トラックバックさせていただきました。
あの「高級料理もどき」は、たしかフランス料理でしたよね?違ったかな。
どうやったらあんな色のお料理が出来るのか知りたいです。
オカピー
2006年01月21日 16:54
>かよちーのさん
年齢がばれましたね(笑)。丁度僕と同じです(うそです)。映画を本格的に観始めたのがこの年、というのは本当です。
イギリス映画ということも注目してよいのではないでしょうか。

>カカトさん。
そう、庶民派の旦那さんがうんざりするのはフランス料理です。この奥さんの直感が鋭くて、ジョン・フィンチが犯人ではないと指摘する。恐るべし、素人探偵。
FROST
2006年07月12日 01:53
TBさせていただきました。
恐怖とユーモアのバランスが絶妙な名作ですね。ドンドンとトランクを引きずる音が聞こえてくるラストシーンもかなり気に入りました。
オカピー
2006年07月12日 03:44
FROSTさん、TBとコメント有難うございました。
実はどう評価されるか戦々恐々だったんですよ。個人的に愛着のある作品ですので、特に。
★5つで本当に良かった。
私は9点ですが、私の8点は通常の方の★5つに相当しますから、絶賛です。何故10点でないのかと言えば、文字通り最高の作品と比較しているから。実際には殆ど差がありません。
shake
2006年07月12日 20:43
はじめまして。TBありがとうございました。
刑事の妻の奇妙な高級料理が、おもしろかったです。
殺人とユーモアと上手く混在していて、私もヒッチコックの作品では好きな作品です。
TBお返しさせてくださいね。
オカピー
2006年07月13日 03:22
shakeさん、こちらこそTB返し有難うございました。
奥さんの推理が妙に冴えているのも面白かったですね。
英国趣味が発揮された傑作と思います。
シュエット
2009年10月09日 09:58
連日のお邪魔です! ぼちぼち読んでやってくださいな。
シネフィル・イマジカで毎月2作ずつヒッチコック特集やってるんですが、ここにきていささかダラケ気味。やはりもう一度みたいなってワッと飛びつく作品と、あぁ、あれか~また今度って思う作品とがあるもので、ヒッチコックもちょっと一休みだったんですけど、「フレンジー」きましたネェ。これは観たいなぁって飛びつきたくなる作品。あらすじは分かってるんだけど、同じ場面でやっぱり「どうなるの? あ~あ~」ってやきもきしてしまう。この辺でしょうね、傑作と駄作の違いってのな。そうみると最近作でこういうのは皆無に近い。警部と婦人の食卓シーンもやっぱりユーモラスで、これって案外とヒッチ先生の皮肉エッセンスもあるのかしら? P様も最後に買いてれるけれど、素材を知り尽くした一流シェフの手になるディナーフルコースを堪能させてもらったみたい。
夫人の料理の食えない代物ではなかったわねぇ。
明日の花嫁の母をするために本日午後から名古屋入りしますので、明日の記事「ロープ」の記事にもあわせてTBさせていただきますね。
「ロープ」ももちろん記事あげてますよね?
オカピー
2009年10月10日 09:03
シュエットさん、おはようございます。
一日遅れのレスでございます。

>同じ場面でやっぱり「どうなるの? あ~あ~」ってやきもきしてしまう。
>この辺でしょうね、傑作と駄作の違いって

最近のサスペンスは観客を画面の中に入れない、という気がするんですよね。
前にも述べましたが、「シックス・センス」以降サスペンスを作る監督はいかに観客をだますかということばかりに腐心して、観客を登場人物に感情移入させることを怠ってきたという感じがするんですよね。
サスペンスは登場人物(大概は主人公)と同化して初めて成り立つジャンルだというのに・・・。

その点、シュエットさんも触れていますが、対象が主人公であるか敵役であるかを問わずヒヤヒヤさせてしまうヒッチコックのテクニックは物凄い。「サイコ」でも我々は同じような気分を味わわせて貰いましたが、さすがですよね。
vivajiji
2009年10月10日 17:38
誰かのTBもコメントも見当たりませんね~。(^ ^);
優に3年半も経ってますのに。
おまけに拙記事内に貴HNも堂々と表記し
コメントもいただいているにも関わらず。
(- -)^^
きっと誰かさんは何かがあっておかんむりの
時期だったとか。アハハハハ。(笑)

まあ、それはそれとしてですね、
シュエットさんのおかげで思わず記憶の
彼方からヒッチおじさんの傑作の記事に
TBさせていただきました。
オカピー
2009年10月11日 00:01
vivajijiさん、トラコメ有難うございます。

いやあ、確かvivajijiさんと知り合ったのがこの年の5月頃で、それよりずっと古い記事なので見つからなかっただけなのでは?^^

しかし、素晴らしいスリラーですよね。
今では空撮なんて結構な数の作品で使われていますが、本作の使い方は本当に格好良い。痺れちゃう!

>シュエットさん
今週は【花嫁の母】だとか。
リフォームしたり、なかなか忙しそうですよ。
nessko
2012年01月04日 14:25
あけましておめでとうございます。
「サイコ」「鳥」「フレンジー」は何度観ても楽しいですね。
今年もお正月にまた「サイコ」のDVDを借りてきて観ました。
「フレンジー」は、犯人の部屋に青白い顔の女の人の絵が飾ってあるところなど、こまかいところもおもしろい。こわいけれども、なんかおかしいんですね。
あと、犯人以外の登場人物が皆常識的な市民というのもいいです。
オカピー
2012年01月04日 22:23
nesskoさん、今年も宜しくお願い致します。

「フレンジー」は見るべきところが多くて見るたびに楽しめてしまいますね。
今なら最初のワンカットはコンピューターを使えば簡単にできますが、あの時代はアナログで切って繋いでいた時代ですから、凄いですねえ。

同じ作品をブログで紹介したことはないですけど、ヒッチコックはやってみたいですね。

>>皆常識的な市民
ヒッチコックは「本当らしさ」に拘った監督ですが、今のリアリズムとは全然違う観念なんですね。この「本当らしさ」というヒッチコックの言を若い人は勉強した方が良いと思います。

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