映画評「十九歳の地図」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1979年日本映画 監督・柳町光男
ネタバレあり

中上健次の同名小説を当時の若手・柳町光男が映画化して当時結構話題になったような記憶がある。映画館ではないが、観たような気もするし、初めて観るような気もする。学生時代にはこんな映画が多かったからねえ。プライムビデオにあったので鑑賞。

新聞販売店に住み込んで配達をしている予備校生・吉岡(本間優二)は、社会に対して不満を感じているので、配達する家に一々評価を下し、集金時の印象も加味して×印が増えると嫌がらせの電話をかける。
 現在と違って電話帳にどの家の電話番号も載っているから可能であった半世紀近く前(原作発表は1973年)のお話だ。

やがて彼はなかなか正確な地図を自ら書き、そこに各家の情報を書き込んでいくのが楽しみのようになっていくが、相部屋の三十男・紺野(蟹江敬三)の生き様を見るにつけて益々惨めな気分になる。紺野がマリアと崇めている三十女(沖山秀子)の為に働いた強盗で逮捕されると、女のところへ駆け込んで罵倒する。
 しかし、それでは収まらず、列車爆破やガスタンクの爆破の脅迫電話をする。勿論嘘っぱちだが、空しさに彼は涙を流すしかない。

やり場のない抽象的な怒りをかかる一種のテロリズムで発散させている若者の青春像を描いているが、原作では実在するか否か不明という三十女は映画では明確に実在している為、小説での電話での罵倒が実際に会っての罵倒に変えられる。彼女との関係性が映画への脚色最大の工夫点であったと想像される。

1979年には「太陽を盗んだ男」という、青年がテロを実際に仕掛ける映画も作られ、この時代には若者の間に社会へのこういう根拠薄弱な怒りがあったのかもしれない。

本作の舞台は、都電荒川線に近い王子界隈で、当時僕が通った国立大学のそばである。荒川線の線路近くを歩くことが多かった僕がどこかに写っていないか目を皿のようにして観たが写っていない(当たり前)。
 当時実にのんびりしていた僕は社会に対し何の怒りを覚えたこともなく、こうした若者の内面がしかとは解らないが、それほど特別な感情ではないので、想像が付かないわけでもない。

主人公・吉岡の漢字の書き順を見るとデタラメすぎる(正しくなくて構わないものの、漢字は上から下へ、左から右へという基本くらいは守ってほしい)ので大して勉強はできそうもないと感じてしまうが、あそこまで正確な地図を書くところを見ると、完全主義者っぽい。この類の人間は怒り出すとなかなか止まらず、性格分析的に見ても面白い作品ではないかと思う。

撮影は肩掛けカメラで、たまに見られる変なぶれ方をするショットは余り感じが良くないが、段々慣れて来る。

尾崎豊「十七歳の地図」と題名が混乱する。中上健司はこの七月に初めて読みましたよ(「岬」という芥川賞受賞作)。

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