映画評「罪の声」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2020年日本映画 監督・土井裕泰
ネタバレあり

グリコ・森永事件に着想を得て書かれたことが一目瞭然の塩田武士の小説を映画化したミステリー。監督がTV畑の印象が強い土井裕泰と聞くと映画ファンはがっかりするかもしれないが、なかなかがっちり映画化している。

テーラー店の青年店主・星野源が偶然1984年に記録された英語のメモとカセットテープを発見する。テープには5歳くらいの彼自身の声が収められてあったが、それが84年に起きたギンガ・萬堂事件の電話指示で使われたものと気づいて愕然とする。自分が知らずに事件に関わっていたのである。
 これが気になり、メモを書いたと思われる伯父の当時を追ううちに自分とは別にもう二人の子供(姉と弟)が事件に巻き込まれていたことをが判って来る。
 片や、関西の大手新聞文化面記者の小栗旬が元いた社会部から依頼されてギンガ・萬堂事件を調べ直すことになり、やがて同じように二人の子供の存在に行き着き、そして、彼と同じように事件を調べていたもう一人の子供の現在たる星野の名前がもたらされ、かくして二人は同志として子供たちの未来を奪った事件の目的を洗い出すことに奔走するのである。

歴訪型ミステリー。歴訪する人間が二人い、やがて一体化するという構成が相当面白い。
 ミステリーとしては特に前半に次第に事件の関係者が明らかになっていくところが楽しめる。後半はミステリー的な興趣は薄まるが、その代わり日本のミステリーらしく人情が絡み、これがまたなかなかに胸を打たせる。情を下手に絡めてなまなかに終わった「サイレント・トーキョー」とは真逆の結果である。

ちょっと冗長になりかかるところもあるが、姉弟のめぐる一連の挿話にぐっと来る。特に、姉が僕も一時は目指したこともある字幕翻訳者を志望してそれが親の為にその未来をすっかり奪われる悲劇に大きな義憤を感じる程である。生き残った弟にはまた違う苦痛があったと思われ、誠にいたたまれない。

謎と情を絡めた日本的なミステリーの秀作は1970年代から80年代初めくらいにかけて多く作られたが、最近はさっぱりで、本作は、あの時代の例えば「鬼畜」(1978年)に通ずる作品と言うべし。

情とハサミは使いよう。

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