映画評「眉山」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2007年日本映画 監督・犬童一心
ネタバレあり

僕はグレープと初期のさだまさしのセンチメンタルすぎるくらいの叙情路線(グレープ時代の「ほおずき」を一番愛する)が大好きだから、彼の小説も恐らくは内容的には嫌いではないと想像する。
 映画化作品に佳作以上と思われるものはなくとも、後味は良いのではないか? 本作もその中に入れて良いと思う。

東京の旅行代理店に勤める松嶋菜々子が、徳島に住む母親・宮本信子が末期がんであると知らされて帰郷する。娘は父親のことをひた隠しにする母親と確執があるが、先の長くない母親が知人を通して渡してくれた箱の中に見出した現金書留の束から、とうの昔に死んだと聞かされた父親が生きていると確信する。何故母親は嘘をついたのかと言えば、世間でとやかく言われる不貞の関係だったのである。
 かくして東京で医院をやっている父親・夏八木勲に患者の振りをして会う。名前で娘と気づいた父親に娘は“(阿波)踊りを見に来てください”とだけ言って去る。
 いよいよ先が見えて来た重篤の母親を娘は、若い時代から好きだった踊りの見物に連れて行く。彼女の真の目的は、それ以上にそこに訪れる可能性のある父親と母親との再会であったかもしれない。案の定現れた父親と母親は道を挟んだ向かいの席から互いを互いを確認、母親は “十分(祭を)見ました” と言って連れ帰って貰う。
 訳ありで彼女と恋仲になった小児科の医師・大沢たかおに母親が医大への検体を目的とする会の一員であると知らされた通り、彼の妻となっていた娘は、2年後になってやっと母親の遺骨を手にする。検体をする人は生前学生たちに向けてメッセージを残すのだが、そのメッセージに曰く、“娘がわたしの命でした”と。

この映画の命はこの母親の言葉に尽きる。キップの良い江戸っ子の母親がきつい性格で見方によっては傍若無人、娘に対しても愛想が良いとは決して言えないのも謂わば作品の細工で、母親の真情をそれでマスキングしたという次第。最初から優しすぎる母親であれば、そのメッセージから何の効果も生まれない。
 母親に似て気の強いところのある娘は素直に母親に甘えられない。甘えようとしても恐らく母親から跳ね返されたであろう。そんな娘の感情から生まれた確執は愛情を求める強い気持ちに裏返しに過ぎない。
 従って、これはヒロインの、父を乞うる記であるところもあるが、実は母を乞うる記であっただろう。

監督は何故か老人を扱う作品の演出を任されることの多い犬童一心。僕は人情を重視する大衆映画の良さを上手く出していると思い、割合好感を覚えた。

ところで、不倫の結果(生まれた娘の話)云々と酷評する人の狭量さよ。戦前では確かに儒教的な考えから軽犯罪とされていたが、不倫(僕が本を読み始めた頃そんな言葉はなく、まだ “不貞” でした)する人も色々。その個々の事情を一切考慮せずに不倫=悪のように考えるのは愚と思う。

「精霊流し」で亡くなった男性の母親(さだまさしの叔母)を歌った「椎の実のママへ」という曲も泣かせます。“椎の実”は長崎で有名なジャズ喫茶だったらしい。

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