映画評「影に抱かれて眠れ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・和泉聖治
ネタバレあり

北方謙三の名前を知って40年くらいは立つだろう。しかし、小説を実際に読むほどの興味はないので、作家としての傾向が少し解るかもしれないと思い、小手調べ的に「抱影」を映像化した本作を観ることにした。

酒場を経営する変わり者の画家・加藤雅也は、画業の人気も高いが、自由気ままな生き方をしていて、彼に救われた町の元チンピラの面倒をよく見る。そんな若者の一人カトウシンスケはNPO “碧の会” の一員としてフーゾク嬢を教会に逃がしている。教会は治外法権という扱いになっている。
 若者が無償の愛を授けているフーゾク嬢が元の商売に戻らないようにと願った為、兄貴分のバーテンダー松本利夫と加藤が、風俗業を商売の一つとして争っている二つの組と交渉を持つことになり、上手く立ち振る舞ったつもりで事を処理する。
 ところが、カトウシンスケ君はどちらかの組に殺され、憤懣やる方ない二人は両方の組を共倒れにしようと一計を案じる。案の定彼らは抗争を本格化させる。が、それで終わりにするはずが、何故か加藤は片方のボス若旦那(これが芸名)の前に現れ、喧嘩を挑むのである。

それは何故かと考えるに、元外科医で彼の絵を初めて買ったお客でもある人妻・中村ゆりとの頻繁な逢瀬を描く、本作のもう一つの柱にそのヒントがあるのかもしれない。
 彼女は悪性リンパ腫を患っていて既に末期である。彼の新作を見たがっている彼女の為に彼は彼女の体に刺青を入れることを考える、死んでしまえば消えてしまうのに。しかし、彼女と共に絵が消えることに彼はその永遠性を見るのであろう。
 二人の、特に彼の彼女に対する思いは徹底してプラトニックなものである。その理由もまたよく解らない(多分本人たちにもよく解らないのだ)が、多分自分の絵に彼女自身を見出した彼女が絵の精神そのものと感じられたのではないか。とは言え、その愛情は非常に深い。そこで彼は後追い自殺のような形で、未だに助けたはずのフーゾク嬢を使っている組のボスに敢えて立ち向かっていったのではないか。

比較的説明が少ない映画に対して、どうも詳細な背景や人物像を求めすぎる人が多いような気がする。TVドラマを見すぎた悪い癖と思う。それが解らなければお話が成立しないようなものでない限り詳細な背景など無粋である。
 例えば、本作のプラトニック・ラブの背景など現状で満点とは言わないが、詳細が解らないから色々と想像する余地がある。そこに余韻を生む可能性がある。小説以上に映画にはそういう性格があるだろうと思う。実際僕は解らないから楽しめたところが多い。

人物造形やお話の感覚は昭和の感じで、TVシリーズ「相棒」でお馴染みの和泉聖治がそれなりにスタイリッシュな絵面を作ろうとしているのは伺われるも、機材のせいであろうが、どうも絵が平面的でそれほど面白くない。

部分的に「相棒」を思わせるところもあります。

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