映画評「ミッション・ワイルド」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2014年アメリカ=フランス合作映画 監督トミー・リー・ジョーンズ
ネタバレあり

常連モカさんに、プライムビデオ無償枠にあるよと紹介された作品だが、丁度WOWOWに出たのでこちらで観てみた。そのまま永久保存にすることに決定、未公開になったのが実に惜しまれる西部劇の秀作である。
 内容の合理性という点で些か難点を見出すとは言え、IMDbの現在までの投票結果が6.6というのも、ちょっと低すぎるのではあるまいかと文句を言いたい。日本での限られた評価でも似たようなもので、お話を通俗的な見地で追求するとそういうことになる。

南北戦争以前のお話。
 ネブラスカ準州の乾燥地帯で一人農業を営む、行かず後家ヒラリー・スワンクが、夫々の事情で重篤な精神異常に陥った三人の主婦(年齢順に)ミランダ・オットー、ソニア・リヒター、グレイス・ガマ―を隣のアイオワ州の牧師の家まで運ぶ苛酷な任務を引き受ける羽目になる。季節も真冬で、白人を襲うインディアンもいないわけではない。
 折しも、空き家に住み着いた熟年男トミー・リー・ジョーンズがリンチで絞首刑(馬が動くと自動的に首を吊る仕組みで、誰も監視していない)にされているところに遭遇、救う代わりに協力することを強要する。彼がいるおかげでインディアン(ポーニー族)の襲撃を回避したり、野卑な男からグレイスを取り返すこともできる。
 狼に掘られた墓を修復する為にジョーンズと離れ離れになったヒラリーは一行を探しあぐねてやっと探し当てた時には疲労困憊、結婚願望の強さから彼が住み着いた家の持主たる序盤の男性同様に結婚を迫る。同意はされないものの男女の関係になる。

が、映画はここで「サイコ」(1960年)状態になって僕もビックリ仰天。つまり、主人公と思っていた彼女が縊死してしまうのである。122分の映画にあって84分辺りである。つまり7割。主人公が途中で消える映画はままあるが、通常は早くても85%を過ぎた頃だろう。
 ジョーンズはおよそ30分頃現れ最後まで出るので、ヒラリーが85分、ジョーンズが90分主人公を務めるダブル主人公と言って良い配置。大胆な作劇ではあるが、「サイコ」で監督のアルフレッド・ヒッチコックが説明した “燻製にしん”(ミス・リードの一種)と言われる手法ではないと思う。

宗教や信仰心が背後に揺曳する作品で、正気を失った女性たちはかなり信心深い感じであるし、ヒラリーも常に神を意識している。信心をし、神を意識するということは、人間の多くが死後の世界を意識せざるを得ないということである。そこでこの映画が扱う中心は死であり、その対照として生と性が出て来る、ということが理解できる。
 ヒラリー演ずるヒロインが何故死を選ぶのか正確には解らないのであるが、映画あるいは原作となったグレンドン・スウォーサウトの小説がテーマとして構築しようしたのが死生であることに気付けば、その限りにおいてなかなかよくその目的に近付けていると思わないではいられないはず。

しかし、そういう硬い部分もさることながら、僕はこの映画の持つ野趣と厳しさとが気に入った。死や性が絡めば野趣が出るなんてことはなく、序盤のうち多少展開に解りにくさを見せるジョーンズの演出とカメラ(撮影監督ロドリゴ・プリエト)の力によるところが大きい。

ジョーンズの元軍人が行動を共にした結果その死後にヒロインに価値を見出すというところに彼の人間的発展を感じさせ、その人情にじーんと来るものがある。彼が折角作ったヒロインの墓標が呆気なく捨てられてしまうのも人間の悲哀を感じさせ抜群の余韻を残す。

ミッションもワイルドも見当たらないという感想があったが、苛酷な荒野(ワイルド)を移動するという任務(ミッション)があるではないか。ミッションというスパイ映画のような邦題の表現は余り良くないが。

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