映画評「21世紀の資本」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2018年フランス=ニュージーランド合作映画 監督ジャスティン・ペンバートン
ネタバレあり

題名から解るように、数年前に日本でも相当話題になって経済学書にも拘らず売れに売れたトーマス・ピケティの「21世紀の資本」の映像版でござる。
 従って、この本を読んでいる人は敢えて観るに及ばない。言い換えれば、興味はあるが長い為に読むに躊躇する方は、このドキュメンタリーを見れば読んだ気持ちになれるだろう。

18世紀に始まる資本主義が、産業革命により経済格差を生み出し、科学の発展に応じてどんどん拡大するが、世界恐慌により各国は社会主義的にならざるを得なくなる。アメリカは社会主義を真似てニューディール政策を行ったし、ドイツを率いる国家社会主義者ヒトラーは英米がドイツからお金を奪っていると言うと同時に、ユダヤ人を排除する。

つまり、アメリカの前大統領トランプが中国・日本・ドイツなどがアメリカのお金を奪っていると言うと共に仕事を奪うなどとしてヒスパニックや移民を排除しようとしたのと極めて似た構図である。トランプがヒトラーの真似をしたというより、資本主義が成長できなくなると、こうした極端な思想が生まれやすいということなのでありましょう。
 それにしてもトランプ前大統領は、1980年代にレーガンが“アメリカを再び偉大にする”と言った言辞をそのまま使い廻すあたり、確信犯なのかも知れない。ヒトラーとは独裁的気質も似ている気がする。

閑話休題。
 戦後は世界経済が順調に成長し、先進国では資本が適当に分配されて中産階級が多くなる。そのほうが適度なインフレが起き、経済や政府にとっても有利だったからである。日本も1970年頃から90年頃バブルがはじけるまで一億総中流社会と言われたが、世界ではそれより少し早く資本の収益率が経済成長率をぐっと上回る状態が始まる。サッチャーやレーガノミックスを唱えるレーガンらによる新自由主義による。
 日本が欧米より少し遅れたのは、労働者が資本に口を挟める土壌があったかららしい。多分それを本格的に壊したのは、小泉純一郎首相時代に労働者派遣法を導入したことに端緒があると考えられる(全世界経済で考える本作は、勿論、日本の状態について一々触れていないが)。これも新自由主義的な考え方で、安倍政権になって益々それが顕著になり、経済格差が年々拡大しているのは事実であろう。

経済格差が広がっても中間所得層が減らない限り国には何の痛みもないが、実際には少数にお金が集まると中間所得層が減らないわけには行かないはずである。すると税収も消費額も減っていき、最終的には国が修正に動き出す可能性があると僕は思っていた。
 しかし、ここで問題として浮上するのは、科学の進歩である。多くの部門においてロボットやAIが現在人間が行っている人間の代りになると、技術に投資すれば良く資本の再分配は必要なくなり、僕の楽観的な未来図は成立しない(とこの映画を見て得心した)。
 10年もすれば運転手の類は殆ど不要になるらしい。勿論、その技術を管理する仕事など、それにより新しく生まれる職種もあるだろうが、下層の人々はそうした職種につけるだけの学力を持ちえない可能性が高く、本作に限らず色々な方が仰るように身分の固定化が起きる。うん、かつての封建時代や産業革命時代の繰り返しのようですな。

そこでピケティは、資本に高い比率の税率を課し、徐々に公平化を図ろうと訴える。タックス・ヘイヴンにも対応策があるだろうと言う。GAFAなどに対して一部は既に欧州などで実行され始めたが、しかし、彼の主張には理想論的なところが多いように感じられ、そう上手くは行かないだろう。
 第一次大戦後のように環境が自ずとその格差を解消する方向に向かうとは思えず、非エリート層が意図的に何かを起こす必要があるのかもしれないが、その向かう先は恐らくトランプ式の孤立主義であって、それもまた碌なものではない。僕の子供や孫の世代は大変だと思う。

オースティンの小説「自負と偏見」あるいはその映画化、その他「ゴールド・ディガーズ」や「ウォール街」などの新旧映画や古い記録映像が実際に出て来るのが映画にしたことの効果で、ぐっとくだけた作りになっている為、一般観客にも十分楽しめると思う。

マルクス研究が近年進んだ結果、今まで使われてきた意味とは違うマルクシズムに可能性が出て来たようである。

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