映画評「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年イタリア映画 監督マイケル・ラドフォード
ネタバレあり

障碍者の作品が続きそうになったので三本目に選んだのがこれ。
 ところが、声楽家の伝記映画なので大丈夫と思ったのが運の尽き、主人公のアンドレア・ボチェッリは最初弱視でやがて失明する。2月にはWOWOWが放映した洋楽のドラマ映画のうち最低5本は障碍者が主役だったということになる。

かかる映画の製作の主眼は、恐らく差別もしくは差別意識の解消なのだろうが、劇映画として作るのはどうかという気がしないでもない。ドキュメンタリーのほうがふさわしい気がする。

トスカーナの村で、先天的な緑内障をもって生まれたアモス・バルディ即ちアンドレア・ボチェッリ(思春期後トビー・セバスチャン)は6歳の時に寮制盲学校でサッカーのボールを目に受けて完全に失明、歌唱に抜群の才能を発揮するも、父親(ジョルディ・モリャ)の意に沿って大学で法学を学び、同時に夜のクラブで演奏活動をする。
 その歌声は後に妻となるエレオノラ(ナディール・カゼッリ)に気に入られただけでなく、声楽指導の第一人者(アントニオ・バンデラス)をも魅了する。人の前で歌う前には話もするなという厳しい指導でめきめき実力をつけ、有名なロック歌手ズッケロとの共演という話も持ち上がる。その為に夜の仕事もキャンセルするが、共演話はなかなか実現しない。
 結婚し父親に食わせてもらう数年後のある日、ズッケロ本人から電話がかかって来る。

以降は推して知るべしの展開で、すぐに世界的なテノール歌手としての地位を築く。

実にオーソドックスなお話を、「イル・ポスティーノ」(1994年)という秀作を放ったマイケル・ラドフォードが極めてきちんとしたタッチで、しかるに些か古さを感じるタッチで進めているので、全体として凡庸という印象が強い。
 僕はかかるオーソドックスな演出が好きなのだが、お話が編年式のストレートすぎる構成なので、古色蒼然とした印象が強まる感じがするのである。声楽と伝記映画がお好きな方にお薦め。

レコード(CD)が相当売れているらしいなあ。ズッケロ、知らんなあ。

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