映画評「殺人狂時代」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1967年日本映画 監督・岡本喜八
ネタバレあり

チャップリンではなく、岡本喜八のシュールなスリラー映画である。岡本の名前があってシュールと来れば当然コメディー・スタイルだろうと言われるでありましょう。ご名答でござる。
 都築道夫の原作「飢えた遺産」はあるが、実は一昨日の「黒い賭博師 悪魔の左手」と同じく小川英、山崎忠昭の脚本コンビ(+岡本喜八)の作品。日活と東宝と製作会社が違うというのも面白い。
 与えられた脚本をいかに自分流に演出するかというのが前述作の中平康監督のスタンスではないかと思うが、岡本喜八は、日活の鈴木清順に似て、脚本そのものを自分に近づけて演出をする感じ。あくまで相対的な印象に過ぎないが。

1960年代当時の日本。大日本人口調節審議会なる正体不明の組織がある。そこにドイツの元ゲシュタポが現れ、怪しげな話し合いをする。この組織は、役に立たない人間は殺すしかないという思想を持つキ印の天本英世が指導している。
 彼に狙われたのが大学で犯罪心理学を教えている仲代達也で、襲って来る殺し屋を故意か偶然か仕留めた後、町に繰り出し、団令子の女性記者と泥棒青年・砂塚秀夫を味方に引き入れ、殺し屋組織に接近していく。

コメディー色が断然強いのは、仲代達也の教授が服装を変えた後俄然スマートなダンディーになるまでだが、それ以降も砂塚秀夫をコメディリリーフ的に進行させるので韓国映画のように首尾一貫しない印象に陥らない。
 しかも、この教授の二重性には秘密があってやたらに強い仲代は教授 “桔梗慎治”の弟“桔梗慎次”であったという落ちがあって楽しませる。尤も、最初に出て来るおとぼけ教授は既に慎次が扮した偽物ではあるのだけれど。多分ジェームズ・ボンド以上に無敵の弟が、処世術を決定的に欠く兄に危機が迫っていると知って事前に避難させたのであろう。

殺し屋組織は色々と刺客を繰り出し、その武器は仕込み傘、仕込み杖、仕込み義手に仕込み義眼。「悪魔の左手」に続いてまたも催眠術が出て来る。
 その仕込み傘(を持つ老人)をかわして列車が入って来る地下鉄線路に落とすと、ステーキのアップに繋げられる。何というブラックなマッチカット(心理学的マッチでしょうかな)! 
 そのステーキを食べる若い男も勿論一味で、この前後で色々凝ったカメラ(料理を口に入れる男の主観ショット、その先に教授たちがいる、等)が観られるのでゆめゆめ油断する事なかれ。

富士山麓の自衛隊演習場でのアクションでは下手な戦争映画顔向けの爆破が観られ、ちょっとした二百三高地気分。

かくしてこのシュールなブラック・コメディーに岡本監督が隠し味的に仕込んだのが、「チャップリンの殺人狂時代」(1947年)と同じく戦争という名の下に行われる大量殺人に対する皮肉である。優性思想も皮肉られる。
 勿論そうした社会性を感じなくても楽しめるが、戦争の悲劇をよく知っている岡本監督が、ナチスまで繰り出した以上そうした戦争観を織り込まない筈はないと、一応考えた方が良いだろう。

中平監督に負けず劣らず、岡本喜八の展開も速い。僕は常々“最近の映画はカットを短く刻んでテンポよく見せかけているが、実は昔の映画ほど展開の速くないものが多い”と言っているが、その真意がこの映画を観ると解ると思う。
 これに関し最近嬉しかったのは、Wikipediaで読んだ中平監督の言葉である。以下引用。

“中平映画のテンポは速いが、中平自身は「私は速すぎない。他の監督の映画が遅いのだ」と言い、しかし「速い」、「遅い」と言っても、それはカット割りの細かさや編集によるものだけでなく、もっと映画全体の性質のことであると語っている(「キネマ旬報」昭和34年(1959年)3月上旬号)”。

引用終り。
 勿論中平監督の方が僕より前に言っているわけだが、僕自身の上記の意見は自前のものなのである。映画観が全く同じなので嬉しくなったという次第。

小津安二郎と黒澤明を比べれば、実は、同じような場面の続く小津の方がお話の展開は速い。

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