映画評「七つの顔」

☆☆★(5点/10点満点中)
1946年日本映画 監督・松田定次
ネタバレあり

コミックとそのTVアニメ化「キューティーハニー」(1973-74年)にパロディー的にその台詞が応用され、大瀧詠一が別名として使った多羅尾伴内が活躍するミステリー・シリーズ第一弾。長いこと映画ファンをやってきたが、初めて観た。
 GHQの政策によりチャンバラ時代劇が禁じられた為、片岡千恵蔵のような時代劇俳優がこうした現代劇への出演を余儀なくされた。しかし、このシリーズは結果的に日本のサブカルチャーに大きな影響を残したわけで、人間万事塞翁が馬を地で行くような話でござる。

レビュー劇場から人気歌手の轟夕起子が仮面をした二人組により誘拐され、高価なダイヤの首飾りだけを奪われて帰される。賢い彼女が家の情報をしっかり頭に留めていた結果、議員に立候補する腹積もりの今は亡き有名議員の子息・月形龍之介が逮捕される。事件に関与する探偵多羅尾伴内(片岡)により、妹・喜多川千鶴は匿われる。
 変装を得意とする伴内は記者などになりすまして情報をゲット、議員子息逮捕により得をする人物を犯人と睨む。

ここで犯人探しのミステリーは事実上終わって、後は事件の裏側と詳細が判明するまでサスペンス色を強めて進行していく。

総評をすると、サブカルチャーとして価値があるかもしれないが、お話はなっていない。
 女性を加えた犯人三人組が誘拐した女性を目隠しもせずに帰すのは恐らく偽の犯人に導く陽動作戦であるが、ヒロインが愚か者であったらこの作戦も絵に描いた餅である。
 伴内がヒロインや喜多川千鶴を引き連れ、実は二つあったと明かされるそっくりの家の前で車を止めたまま家に入るのも間抜けと言うべし。陰謀グループは彼の車を見たら家に入って来るまい。そして、論理的に考える人なら、偽の家が先に見つかったら犯人の陽動作戦は絵に描いた餅に終っていたと、ここでも気づいてしまう。
 何よりも気になるのは、多羅尾伴内こと元怪盗紳士・藤村大造の変装が全て見え見えであること。彼が変装をすればするほど白ける一方なのである。愛嬌と言えば愛嬌だが。

翻って、ヒロインがミステリー好きで、怪盗紳士アルセーヌ・ルパンを名探偵の一人として挙げるのは嬉しい。ルパンは変装の名人であり、かくして多羅尾伴内は、日本では怪人二十面相に続き、そしてそれ以上のルパンの模倣と考えられるわけで、ルパン好きの僕としてはゴキゲンにならざるを得ないのだ。

現在見れば児戯でも、当時の感覚としてはなかなか興味深い作品ではあり、芸術至高主義でもなければ楽しんだ方が多かったと推測される次第。理屈っぽい僕はその中間で、作品若しくはシリーズの狙いは買うものの、上述したようなアバウトな作り方に評価しがたいところがある。

アマゾンプライムには続編も配信(会員なら無償)されている。観るべきか観ざるべきか、それが問題だ。

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