映画評「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1946年版)

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1946年アメリカ映画 監督テイ・ガーネット
ネタバレあり

ジェームズ・M・ケインのこのハードボイルド小説は既に中学の頃から知っていたが、実際に読んだのは僅か数年前。
 しかし、1980年代にボブ・ラフェルスン監督版(1981年)、ルキノ・ヴィスコンティ監督のイタリア版(1942年)を映画館で、1990年代にこの日本劇場未公開のアメリカ映画版を衛星放送で観たという履歴がある。で、原作を読んだ後このバージョンを見ると、なかなか原作に近いことが理解できる。

ハードボイルド映画全盛期の作品だけにムード満点で、僕が見た範囲では碌でもない作品しかないテイ・ガーネット監督の中では断然優れている。

流れ者のフランク(ジョン・ガーフィールド)が求人している一軒のガソリン・スタンド兼食堂を見出し、早速店主ニック(セシル・ケラウェイ)に雇ってもらうが、彼の若い妻コーラ(ラナ・ターナー)に見入ってしまう。
 足からカメラが上昇してやがてコーラの顔が見える、という二人が出会うこの場面の見せ方に我々観客も痺れる。ラナ・ターナーは個人的に好きなタイプではないが、この場面の彼女は素敵に素晴らしい

若い二人はすぐに恋に落ち、冗談にすぎなかったニック殺人が実際の計画に発展する。風呂に入ったニックをコーラが撲殺か何か(映画でははっきりしない)するのを、フランクが外から梯子に乗って見張るという寸法。
 ここでは巡邏中の警官に梯子を見られ、猫が梯子に乗った後感電死して停電を起こす、という見せ方が実にサスペンスフル。ここだけでなく、警官や検事が頻繁に店を訪れるのが効果的で、後半でも意味を成す

結局最初の計画は幸運にも失敗し、二人は関係を断つ決心をする。ところが、フランクがニックと再会して食堂へ戻って来た直後に老夫に店をたたむから田舎の姉の面倒を見て貰いたいと言われたことから、困ったコーラは再びフランクと協力して殺害することにする。山で停めた車の中で彼がニックを撲殺し、車を落とすのだが、順調に行かないうちにフランクまで落下する。
 検事が追尾していたため命を長らえたフランクは、しかし、コーラと共に殺人罪で訴えられる。ここは弁護士(ヒューム・クローニン)がやり手で、ニックは無罪、コーラも執行猶予付き有罪となり、店を再開する。しかし好事魔多しの伝で、今度は弁護士の元部下から脅されることになる、云々。

コーラは悪女だが悲劇的でもあり、性格が徹底しない憾みがある。また、幕切れにおけるフランクの極めて因果応報的な自得ぶりは、“犯罪者を肯定的に扱ってはいけない”というヘイズ・コードに則ったものだろうが、作品として厳しさが足りなくなったのが、時代故にやむを得ないとは言え、惜しまれる。
 それでも現在こういう映画的ムードの濃厚な作品はなかなか観られないので、ゴキゲンとなる次第。

原題にはalwaysが入るが、日本では訳さないことが多い。“いつも”があると、中国の格言”天網恢恢疎にして漏らさず”とほぼ同じ意味に感じられるのだが。

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