映画評「嵐電」

☆☆(4点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・鈴木卓爾
ネタバレあり

友人に鉄ちゃんがいるせいか、鉄道絡みの映画は比較的よく観る。本作は、京都の通称“嵐電”(京福電気鉄道北野線)の近くで起こる三組の男女のお話を綴る。

鉄道関係の著作をしている衛星(井浦新)は妻・斗麻子(安部聡子)との思い出のある嵐電について書こうと久しぶりに訪れる。彼と交錯する8mm電車オタクの高校生・子午線(石田健太)は、同じく彼の視野に入って来た青森県の女子生徒・南天(窪瀬環)と運命的な出会いをする。インディ映画のスタッフ・キャストに弁当を届けた女子店員・嘉子(大西礼芳)は、男優・譜雨(金井浩人)と昵懇になっていく。

まあこんなお話なのだが、最初は「阪急電車 片道15分の奇跡」のようなムードで進むかと予想するうち、そういうメジャー系の作り方ではなく、山田洋次が映画学校の生徒と共同して作った「京都太秦物語」に似て疑似ドキュメンタリーの要素すら出て来る(実際に本作も学生が絡んでいるらしい)極めてインディ的な作りと思っていると、やがて女狐の運転士と男狸の車掌が出て来て、前衛演劇のような人の出入りが目立つファンタジー的趣向が交錯してくる。

場面切り替えや繋ぎの呼吸の悪さもさることながら、上のパラグラフで述べたように、作品の性格が非常にはっきりしないところが大いに気になるわけである。
 内容は、最終的に女狐と男狸を見た恋人たちは変わる(別れる)という都市伝説を絡めてくるので、三つの恋愛というところに収斂すると言って良いのだろうが、恋愛と言いかねるところが多く、ピンと来ない。
 衛星はどちらかと言えば狂言回し的な位置にあるので、映画クルーと絡み合わないのは、中途半端。それなら高校生たちとも絡めず、三つのエピソードを全て独立したほうが良かったのではないだろうか。

演技については、本作の内容であれば、妥当である。大根という評価があるが、所謂“上手い人”はやり過ぎがちなので、こういうノンシャランな作りの作品ではやりすぎない彼らくらいが丁度良い。厳密に言えば、監督が演技に生難さを求めたのだろう。

しかし、“キネマ旬報”ベスト第9位の作品としては甚だ不満(観終わった後にこの順位に気付いたから、がっかりしたわけではない)。映画製作活動の価値を加味しての評価なのだろうが、映画はその中身が全てなので、映画の外である活動の価値や苦労は加味すべきではない。

現在コロナのワクチン開発が進むが、その先にあるのはどんなウィルスにも適用できる汎用ワクチンの開発だそうな。2月頃既にビル・ゲイツ絡みでその報道を読んだし、先日フジテレビの番組で木村太郎氏も言及していた。それが実現すれば、ウィルスとの闘いとは当面おさらばだ。

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