映画評「イル・ポスティーノ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1994年イタリア=フランス=ベルギー合作映画 監督マイケル・ラドフォード
ネタバレあり

ブルーレイには同じ傾向の作品を数本保存する。多いのは監督集、俳優集だが、これは先日アップした「スモーク」が入っている1990年代名作集に入れた作品。「スモーク」で再確認したいことがあった取ったついでに、こちらも見ることにしたという次第。

1952年頃、チリの外交官で詩人のパブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)が共産主義を禁じたチリ当局に追われ、イタリアはナポリ沖に浮ぶ孤島を避難先とする。女性を中心に絶大な人気がある為たくさんの手紙が到着し、頭を抱えた郵便局長が専任配達夫を募集すると、漁師の息子のくせに漁が嫌いなぐうたら青年マリオ(マッシモ・トロイージ)がやって来る。
 詩人が人気者であることに惹かれたマリオは、最初は打ちとけなかったが実は気の良い大詩人と親しくなり、隠喩のことを教わるなどするうちに、食堂の娘ベアトリーチェ(マリア・グラツィア・クチノッタ)を恋し、詩人の詩を引用することでその恋をものにする。

恩人たる詩人は二人の婚姻の証人となるわけだが、それ以前のベアトリーチェの母親の過大な心配ぶりや、神父の共産主義者への反発などが実に楽しく描かれる。険しき道かと思いきや、根が実に素朴な人々だから、神父は詩人が十字を切るのを見ただけで認めるし、母親も結婚してみればそれほどのことはない。収入が少ないのは気に入らないらしいけれど。

やがてチリの政権が変わり、無罪放免となったネルーダは幾つかの品々を残して故国へ帰っていく。
 ぐうたら青年は大して変わっていないようにも見えるが、その後のエピソードを見るとそんなことはない。共産党員になるのが良いか悪いかはともかくとして、彼の視点は自分以外の者にも行くようになり、その結果が共産主義者でもある詩人と同じ共産党員という道で、それ故に不幸にも彼は集会で勃発した当局の介入により不慮の死を遂げる。

僕の作劇観からすると彼の最後は余分なような気がするわけで、インテリの中年詩人(映画では老人だが、実際のネルーダは48歳くらいだ)と教養のない(とは言っても、村では字の読める数少ない人ではある)素朴な青年との友情を、砂浜や食堂など孤島の印象的な情景のうちに、感じ取ってほのぼのとするのが理想であろう。
 また、彼が詩人に送ろうと、島と音の数々を集めるモノクロのシーンが実に良い。
 青年の死という落着は余り感心しないが、詩人が自分よりぐっと若い故人を偲んで砂浜を彷徨する最後の場面は感慨を呼ぶ。

ダンテの「新生」でおなじみのベアトリーチェという名前はイタリア文学好きにはたまらないものがあって、作品の中でも色々と文学者の名前が絡むので、個人的にはちょっとした得点源。

この時代のフィリップ・ノワレは姿や表情からにじみ出るものが多分にあり、その様子を見るだけで感動させられる。一方のマッシモ・トロイージは闘病中の出演だったようで、文字通りクランプアップの直後(12時間後という)に亡くなった。彼もネオ・レアリズモ的な好演だ。

お医者様でも草津の湯でも恋の病は・・・と言うが、このところ聞く色々な報道を統合すると、新型コロナの致死率は相当低い。しかし、免疫力の低い人にはインフルエンザより怖い病気であることに変わりない。特効薬・ワクチンの開発も進み、予想よりぐっと早く年内には大量生産できそうだという希望の持てる情報をTVが伝えていた。一日も早く実現することを祈る。

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