映画評「バルバラ セーヌの黒いバラ」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年フランス映画 監督マチュー・アマルリック
ネタバレあり

フランスの歌手の伝記映画と言えば、去年「ダリダ~甘い囁き~」を観た。解りやすいが、映画的には甚だ食い足りない凡作だった。
 同じ伝記映画でも、こちらは全然違う。全く大衆向けの作り方ではないので、大多数の人は退屈すること必定。僕自身も、ダリダは多少リアル・タイムでも知っていたのに対し、こちらのバルバラは全く存じ上げないので、作品の方向性がつかめない序盤、途方に暮れた。

僕には、前作を見逃した俳優マチュー・アマルリックの監督作という興味が第一なのだが、彼自身が出演していることが、結果的に本作において映画的な感興を呼ぶ大きな要因となっている。物語は以下の通り。

バルバラ(ジャンヌ・バリバール)がピアノに向かいながら歌っていると、“カット”と言う声がかかる。この声の主がアマルリック扮する脚本も書く監督イヴである。従って、女性はバルバラではなく、撮影中の伝記映画に主演する女優ブリジットである。以降、映画が進行するに連れ、それが劇中映画のバルバラなのか、本作が描く実在するバルバラのお話なのか境界線が曖昧になり、観客を良い意味で迷わせ酔わせる。
 実在するアマルリックが本作で伝記映画を作っているのだから、自身演ずるイヴがバルバラの伝記映画を撮る様子を描くことで、メタフィクションとして見せる面白味が断然浮かび上がってくるという次第。

本作を楽しむには、ジャンヌ・バリバール演ずる女優ブリジットが歌手バルバラを演ずるという、現実を含めた三つのアスペクトから成る入れ子構造の面白さを理解すること。一般のドラマに求めるものを本作評価の基準とするのは、“木によりて魚を求む”の愚と言うべきだろう。しかし、そんなに器用に映画に応じて基準を変えられる人はごく少数しかいないことも事実。本作の評価がさほど上がらないのも致し方ない。

お話は面白くないが、映画的に魅力される箇所は多い。叙事的な歌詞の行間に情緒を漂わすバルバラのシャンソンも実に魅力的。

タイトルとサブタイトルとで、無意識のうちに、押韻する妙。

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