映画評「きみの鳥はうたえる」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・三宅唱
ネタバレあり

21世紀になり再評価された北海道函館出身の作家・佐藤泰志の芥川賞候補作品の映画化である。
 彼の映画化作品を観るのはこれで4本目で、いずれも函館市(若しくは函館市をモデルにした架空の都市)が舞台だが、本作の場合、原作では東京とのこと。時代は1970年代で、タイトルのアイデアとなったビートルズの「アンド・ユア・バード・キャン・シング」が重要な要素となっていたらしい。
 残念ながら、本作では現在に舞台が移され、出て来る音楽もラップ。個人的にベースのリフが格好良いこの曲(LP「リボルバー」所収)を愛聴するだけに、そこに全く触れられていないのは、残念でござる。お話は割合単純。

書店に不真面目な態度で勤める若者・柄本佑が、萩原聖人の店長と関係を結んでいる女子店員・石橋静河と懇ろになり、やがて彼が友達・染谷将太とルームシェアしているアパートにまで頻繁に遊びに来るうち、彼女は染谷君と付き合うと言い出す。

というお話の後半は、ヌーヴェルヴァーグにて光り輝く傑作「突然炎のごとく」(1961年)みたいな感じで、男女関係の面倒くささが自ずと現れる綴り方はヌーヴェルヴァーグよりもっと後のフランス映画的である。
 佐藤泰志の映画化作品の中では、悲劇性がなく一番明朗ではあるが、それでもねちねちとした感じは彼らしいし、同時に僕好みではない。低回的なお話は本を読むに限る。

カメラは、構図がよく計算され、リチャード・リンクレイター風に二人の男女をドリー・バックで捉えるところも魅力的ながら、もっと叙景を多くし、登場人物の心情をその景色に沈潜する方向で行ってくれたら、佐藤の映画化作品の中で一番気に入っている「海炭市叙景」(2010年)のような手応えも感じられたのではないかと思う。

原作の書かれた時にはなかった携帯電話が頻繁に使われ、舞台を移すのはなかなか難作業ではなかったかと推察される。同時に、先日「熱いトタン屋根の猫」(1958年)でかなり徹底的に原作戯曲との比較をしたばかりでこんなことを言うのは何だが、愛読者におかれては原作との単純な比較はやめて欲しい。
 仮に原作に感動し、映画にそれがなくても、そこを比較すべきではない。比較するなら、原作と主題を変えたのに同じ話にした為、或いはその逆のパターンである為、その間に齟齬が出ている、といった分析的な比較をすべきなのである。
 本作の場合、男女関係なるものはかなり普遍的なので、原作が舞台とした1970年代(若しくは80年代初め)から時代をシフトしても成り立っているかもしれないが、時代性・時代ムードを考えた時に原作の持っていた本来の意味がだいぶん失われている可能性は否定しきれない。未読につき、正確なところはペンディング。

子供時代に好きだったテンプターズの「エメラルドの伝説」のサビにおけるベースは、「アンド・ユア・バード・キャン・シング」から戴いていると思う。そう言えば昨日からWOWOWがショーケン特集をやっている。

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