映画評「ファントム・スレッド」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2017年アメリカ映画 監督ポール・トーマス・アンダースン
ネタバレあり

ポール・トーマス・アンダースン監督と言えば、記号を大量に使った「マグノリア」(1999年)のインパクトが強いが、この作品にもひねくれた面白さがある。

1950年代ロンドン。オートクチュール(仕立服)デザイナーのウッドコック(ダニエル・デイ=リュイス)が、ホテルのレストランで自分の理想とする体型を持つ接客婦アルマ(ヴィッキー・クリープス)を発見して早速誘い、自宅で採寸してそれを確認、家に招き入れる。
 腺病質なまでに神経質な彼は、実はマネージャー的な姉シリル(レスリー・マンヴィル)の叱咤激励に支えられてい、そこへミューズ的なアルマが割り込んでくる形。しかし、実際に衝突するのは神経質極まりないウッドコックと見かけ以上に勝気なアルマなのである。
 彼女は家を飛び出す代わりに、家政婦と一緒にキノコ狩りをしたことで閃き、毒キノコを料理に混入する。弱体化すると素直になり他人に頼る彼の傾向を知っていたのである。かくして彼女は、遂に、ウェディング・ドレスを作る仕事に結婚できない呪いを感じる彼との結婚を果たす。
 その後も二人は頻繁にいがみ合うが、しかし、彼女は大晦日のパーティーに出かけるなど彼の嫌がることを敢行、次第に彼の精神を弱らせ依存性を増させ、征服するのである。

主題をまとめれば以下の通り。WOWOWの名物番組【W座からの招待状】での特別公開録画で一般の人が仰ったことが非常に的を射ていると思ったので、ここに採用させて戴きます。
 曰く、毒キノコにより彼自身の毒が消され、平凡な男(夫)になる(毒を以って毒を制す)、と。最後の乳母車がそれ(平凡さ)を象徴する。

アンダースンの諸作は、謂わば雑味のある純文学。純文学というには夾雑物があるが、それでも人間というややこしい存在を見詰める点において現代アメリカ文学に通ずる味わいを強く感じさせ、大衆文学とは一線を画す。雑味があるから現代文学なのかもしれない。今回オリジナル脚本で勝負した彼は小説を書いても一流になれるような気がする。

「マグノリア」の大量のカエルについて説明がないという不満を洩らす人がいるが、キリスト教圏のインテリならその由来に気づく。彼の作品を観る人であるならば、それがピンと来るくらいの教養がほしい。「イナゴの日」(1973年)のイナゴも同じ。その記号的な意味を説明したら、身も蓋も無くなってしまうだろう。

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