映画評「ウトヤ島、7月22日」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年ノルウェー映画 監督エリック・ポッペ
ネタバレあり

このタイトルでピンと来る日本人はなかなか大したものである。ウトヤ島は、2011年7月22日に69人が射殺されたテロ事件の現場となったノルウェーの小さな島である。実際のところ、四か月前の東日本大震災に揺れていた日本人は他国のテロに関心を寄せるほどの余裕がなかった。
 この事件はテロなのかという疑問を読んだが、犯人は移民政策を変えようと暴力で政治家を動かそうとしたのだから紛れもないテロである。被害者が外国人で少数であれば、テロではなく、人種・民族差別によるヘイトクライムという考えも出てきようが。

閑話休題。
 作者には確かに移民排斥をベースとするヘイトクライムやテロへの憎悪を最後に字幕で主張しているが、ストーリーの紹介の後に述べるように、実は相当匠気を感じる作品である。

ウトヤで開かれたノルウェー労働党青年部の集まりに出た若い女性カヤ(アンドレア・ベルツェン)は、島で突然勃発した無差別銃撃から逃避する一方、危険を顧みず妹エミリア(エリー・リアンノン・ミューラー・オズボーン)を探すが、救助のボートが到着する直前に、助けようとした少年が死んだことに動揺して棒立ちになっているところを撃たれる。傍にいたナンパ青年(アレクサンデル・ホルメン)が向かったボートでエミリアが一生懸命誰かを救命しようとしている。

72分に及んだという事件を忠実にリアル・タイムで見せるという狙いの為であろう、監督はノーカットで撮っている。
 現在ノーカットは凄いという見識が出来つつあるが、実はノーカットには色々弊害もある。カメラが激しくパン、ティルトなどするので非常に見苦しいことが多い。当然カメラが動くので無駄になり、間延びするところも出て来る。
 昔ならいざ知らず、VFXを使うことで今では相当楽に作れるので、有難がるより問題点を指摘した方が未来の映画や観客の為になる。
 僕の憶測にすぎないが、カメラがヒロインから外れて人がいない箇所で、一旦切ったショットを繋げていると思う。97分もさすがに一気に撮れるとは思えないからである。

90分に渡ってずっとヒロインを追って来たカメラが最後はあっさりヒロインを捨ててナンパ青年を追いかける。映画言語的解釈から言って、彼女は残念ながら亡くなったのであろう。ワンカットで撮った効果と意味が一番現れるのがこの部分である。

監督は、移民排斥問題への言及を主眼としているのであろうが、海で孤立無援になる「オープン・ウォーター」(2004年)の再現を狙った感じである。登場人物が只管待ち続けるあの作品よりはヒロインが移動し続けて変化があるので面白く見られるが、終盤のつまらない会話はなくもがな。

また、終盤一回僅かに見える以外は犯人が出て来ず音だけで恐怖を感じさせるのは、一見優れたアイデアであるようだが、知性に訴える恐怖演出とは言い難く、僕は評価できない。ヒロインの立場から描くという所期の目的のせいで結果的にそうなったのだろうとは思うが。

今回のコロナ騒ぎでも、欧米で東洋人差別がまかり通っている。差別は恐怖から(も)引き起こされる。

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