映画評「THE GUILTY/ギルティ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年デンマーク映画 監督グスタフ・モーラー
ネタバレあり

スペイン映画がワン・シチュエーション・スリラーを幾つも作っていて、棺桶に閉じ込められた男が電話で助けを求めて四苦八苦する「[リミット]」という作品があった。そのアイデアを逆手に取ったようなところが膝を打たせるデンマーク製のサスペンスである。但し、デンマーク製らしく純ジャンル映画的なサスペンスではなく、ドグマ95のような人間探求ムードが濃厚。

犯罪者射殺のかどで干された警官アスガー(ヤコブ・セーダグレン)は緊急電話対応係を仰せつかっている。相棒の正当防衛証言を正式に得て現場に復帰できるとされる日の前日のことである。
 そんな彼が、元夫に誘拐されたらしい女性イーベル(声:イェシカ・ディナウエ)から電話を受け、娘マチルドを残してきた家に戻れるように助けを求められる。6歳のマチルドに電話するとまだ赤子の弟オリヴァーがいることが判るが、誘拐した父親ミケル(声:ヨハン・オルセン)には弟の居る部屋に行くなと言われている。アスガーは部屋に行っても良く、警官が行くまで待っていなさいと告げる。
 暫くして到着した警官曰く、オリヴァーが切り刻まれて死んでいる、と。イーベルの命が危ないと判断したアスガーは夫の白いワゴン車を特定しパトカーに車を探させるが、手掛かりは携帯電話の基地局の位置だけなので、埒が明かない。そこへ彼女から再び電話を受け、予想外の言葉を聞き、様相が全く変わる。

主人公が電話で聞かされた耳情報以外は何も解らないところから、携帯電話番号への登録情報によりミケルの家や車を特定するなどして核心に近付いていく過程が、特別際立った設定を用意しなくても、助けを求める側の作品より楽に楽しめる所以である。サスペンスも感じられるが、ミステリー的に楽しめるのである。

そこには主人公の一方的な主観が入っているわけで、上映時間の多くは真相めいたものにすぎないという不安定さに依拠する。そしてその過程で現れる、この一家の抱えている思いがけぬ苛酷さが主人公の一種甘えた人生観に影響を与える、という純文学的趣向が加えられる次第。

僕はメッセージが作品の価値を高めるとは思っていず、それどころか下手に純娯楽作品にメッセージを加えることで純度を下げてしまうと評価を下げることが多い。本作の場合は、緊張感溢れる進行のうちにそれ(メッセージではないが、その類)を沈潜させている印象が強く、サスペンスとドラマ性とが一体化していて見応えがある。

ゲームに夢中になっている若い人が“ただのアクション”やら“中味が何もない”などと言うとがっかりする。この場合の“中味”とは説教のことだろう? 面白おかしいだけの映画の何が悪いのだ。“面白おかしい”を求める映画の多くが面白さを持続できないことが問題なのである。

"映画評「THE GUILTY/ギルティ」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント