映画評「ザ・ヤクザ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1974年アメリカ=日本合作映画 監督シドニー・ポラック
ネタバレあり

40年位前にTVのカット版で観たけなので、完全版は今回が初めて。

取引先の日本のヤクザ岡田英次の一味に娘を誘拐された実業家ブライアン・キースが娘を取り戻してほしいと元刑事の私立探偵ロバート・ミッチャムに頼む。
 ミッチャムが日本の任侠・高倉健を知っているからで、彼は来日するや進駐軍時代に恋人としていた岸恵子を訪れる。彼女の兄である健さんは妹を助けてくれたことに恩を感じながら敵国人として彼を嫌い彼の帰国以降も妹との接触を断って現在は京都に住んでいる。
 ミッチャムは来日の目的を健さんに伝え、用心棒として同行する若いリチャード・ジョーダンを加えた三人で娘の奪還に成功する。ところが、キースは岡田とひどく敵対しているわけでなく、結局は裏切ってミッチャムらに刺客を送り込む。ジョーダンは急襲された時に死ぬ。
 紆余曲折の末にキースを仕留めた彼らは、健さんの兄ジェームズ繁田の協力を得て岡田の居場所を知り、乗り込んでいく。

日本を舞台にしたアメリカ映画は日本との合作でも日本の描写が相当変で興ざめることが多いが、本作については、脚本を書いたポール・シュレーダー(ロバート・タウンとの共作)に日本滞在の経験があり、加えて東映の協力を得ているので、それほどおかしいところはない。
 敢えて気になった点を挙げれば、ミッチャムのアジトとなる教授ハーブ・エデルマンの家に刀と銃器が無数にあること。或いは、賭場の様子や拳銃を持たないヤクザが大正時代的であることくらい。後者は時代錯誤的なのであって、非日本的であるわけではないので理屈をこねなければさほど変に感じることはない。

お話のキモは、アメリカ人の主人公が健さん(役名も田中健)と行動を共にすることで、日本人の核となる考え方“義理”を理解していくということで、日本への敬意が大いに感じられるところが我々日本人には嬉しい。それは日本人の名前が姓→名の順番で語られ、スタッフ・キャストの名前の表記もそうなっていることによく現れている。

といった具合にアクションよりはドラマ性が強いが、岡田英次の邸に乗り込んで多勢に無勢の闘いを見せるアクションも、撮影監督・岡崎宏三のがっちりしたカメラを得て、見応えたっぷりである。
 健さんが刀、ミッチャムが拳銃を持って動き回ることで、任侠映画と西部劇を同時に見せているような感覚を出しているのも面白い。

日本政府が姓名のローマ字表記を漢字表記同様の順にしようとしているが、僕は反対である。それをするなら明治からそうすべきであったのであって、今これを行うと日本においても混乱が起きる可能性があるし、外国人が日本人の姓名を逆に捉えてしまう危険性が高くなる。それほど騒ぐ問題でもないが。

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