映画評「くるみ割り人形と秘密の王国」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督ラッセ・ハルストレム、ジョー・ジョンストン
ネタバレあり

E・T・A・ホフマン(独)の童話をアレクサンドル・デュマ(仏)の翻案を経てピョートル・チャイコフスキー(露)がバレエ音楽をつけたバレエをベースにかなり自由に創作されたファンタジー。決してホフマンの童話の映画化でも、バレエの映画化でもない。

母親を亡くして孤独をかこつ少女クララ(マッケンジー・フォイ)が、亡き母からクリスマス・プレゼントとして卵型の小箱を受け取る。母親曰く、「この箱の中に必要なもの全てがある」と。しかし、箱を開けるには特殊な鍵がいると気付き、折よく開かれた、科学的知識に富む名付け親ドロッセルマイヤー(モーガン・フリーマン)のパーティーに駆け参じる。
 老人が張り巡らせたロープを辿っていくと、不思議な幻想世界に辿り着く。くるみ割り人形から人間に戻った黒人守衛フィリップ(ジェイデン・フォウォラ=ナイト)の道案内で、母親が作った王国へ王女として招かれる。
 摂政(regent、しかしお話の展開から言って実質は領主lordと言うべし)の一人シュガー・プラム(キーラ・ナイトリー)が、悪摂政マザー・ジンジャー(ヘレン・ミレン)のせいで王国が滅ぼされようとしている、と告げる。クララはその言を信じ、ジンジャーの手に渡った鍵を取り戻すべく、兵隊を指揮して彼女の領地に乗り込む。

ところが・・・というお話だが、最近のディズニー作品らしく、ヒロインが軍隊を指揮して大奮闘するという英雄的活動をし、黒人が二人重要な立場に配役されている。つまりポリティカル・コレクトネス色満載で、それに批判的な立場の人はそれだけで興覚めしてしまう。
 もちろん現実世界の人権には配慮すべきだが、歴史劇に近い昔のファンタジーを使って原作者等が想定しない設定をするのは甚だ良くない、と僕は思う。今世紀初めくらいにアメリカ映画が人物配置に人種的配慮が要請されていると聞いた時は笑って済ませたが、最近は堅苦しすぎて笑えない感じになっている。

本作がアメリカで日本以上に不評なのはそこではなく、お話が型にはまって子供っぽすぎるということだろう(大人向けという一部の評は的を外している)。子供っぽくとも素直に伸び伸びと作られ純度が高ければ、却って大人の鑑賞に堪えることになるが、日本人の僕に最近の日本の安保に関する考えを批判しているようにさえ思えてしまう(勿論そんなわけはない)内容は、素直とも高純度とも言いにくい。

二人とも僕の好きな監督だが、実力発揮とは言えず。

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