映画評「荒野の決闘」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1946年アメリカ映画 監督ジョン・フォード
ネタバレあり

駅馬車」(1939年)と並ぶジョン・フォードの西部劇の傑作である。
 4回目くらいだが、この四半世紀観ていなかった。今更ながら、どこまでも美しい。お話は図式通りで、何と言うこともないと言って間違いないのだが、だからこそこの詩的な映像が生きたと言えるのではないだろうか。

ヘンリー・フォンダ扮するワイアット・アープが牛を売ろうとトゥームタウンの近くを通りかかる。兄弟二人(ウォード・ボンド、ティム・ホルト)と街に繰り出した後帰ってみると末の弟が殺されている。そこで彼は二人の弟を助手に町の保安官要請を引き受ける。
 街では酒場の歌手チワワ(リンダ・ダーネル)が恋している労咳病みの医師崩れドク・ホリデイ(ヴィクター・マチュア)が羽振りをきかしているが、そこへ彼の行方を探しに同郷の美人クレメンタイン(キャシー・ダウンズ)がやって来る。ワイアットは彼女に一目惚れするが、悪漢に成り下がったのを恥じるホリデイは彼女を追い出そうとする。
 やがてワイアットはチワワが末弟のペンダントをしているのに気づき、紆余曲折の末に牧場のクラントン一家が殺したことが判った為、ここに一家との間で有名なOK牧場の決闘が勃発する。

この決闘は後にもっと本格的に「OK牧場の決闘」(1958年)として取り上げられ、その他「墓石と決闘」「ドク・ホリデイ」「トゥームストーン」「ワイアット・アープ」等が素材にしている。本作は、史実に比較的忠実な後年の作品と違って史実と違うところが多く、かつ、ぐっとシンプルである。

黒光りするようなモノクロの画面は、ロングショットとクローズアップを使い分け、ミドルのショットでは仰角を駆使して、実に美しい。
 人物でもワイアット・アープではロングが多く、ホリデイについてはクローズアップが多い。アープが顔の表情ではなく体で気持ちを表現することが多いからである。

映画的に特に秀逸なのは、指摘する人が多い以下の場面。
 ワイアットが床屋で身だしなみを整えてもらった後、アーケード下にある板張りの道に椅子を出して遊びながら、野外教会へ向かう人々と眺めている。花の匂いに気付いた弟たちに「俺(が匂いの原因)だ」と言った後、今度はクレメンタインがやって来て「花の匂いが」と言うと、またも「私です」と答え、雰囲気に誘われ二人は野外教会へ向かい、やがて舞台に上がって踊り出す。
 この一向に西部劇らしからぬ、詩的と言うほかないムードが断然素晴らしい。踊りにふける開拓民の風情が何故か感動すら呼ぶ(同様の指摘がAllcinemaにある)。その一方で、キリスト教原理主義的な個人に優しくない面がここにないわけでもないと、僕は複雑な気持ちで見ていた。

翻って、アクションで一番良いのは、これも指摘する人の多い、最後に生き残ったクラントン父(ウォルター・ブレナン)が振り返って拳銃を向けたところを兄弟(ボンドのほう)が撃ち返すところだろう。
 この映画は、アープ兄弟の牛が緩やかに移動する最初の荒野の景観から、ワイアットが「クレメンタインという名前が好きです」と言って旅立って行く幕切れまで、画面の構図に一瞬の緩みもない。

日本では「雪山讃歌」としても知られる「オー・マイ・ダーリン・クレメンタイン」もロマンティストの僕の胸を打ちます。

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