映画評「キューポラのある街」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1962年日本映画 監督・浦山桐郎
ネタバレあり

キューポラというのは鋳物工場の溶解炉のことで、日本では主に埼玉県川口市のそれを指すらしい。つまり、本作は1960年頃の川口市が舞台である。原作は早船ちよ。

ジュン(吉永小百合)は高校受験を控えた中学三年生で、昔気質の鋳物職人である父親(東野英治郎)と母親(杉山徳子)、小学高学年の弟タカユキ(市川好郎)と入学前の弟との五人暮らし。母親がまた妊娠したのに、リストラで組合に属しない父親が失業した為、家計はかなり苦しい。そんな状況下で彼女は一流高校を目指して勉強に励み、部活動やアルバイトにも精を出す。

そんな彼女の日常生活が生き生きと描き出されているのが最初に挙げるべき映画の殊勲。

彼女に負けず劣らず印象的な行動をするのがタカユキで、近所の友人たちとスカートめくりやら牛乳泥棒やら様々ないたずらをする描写もスケッチ的で秀逸。その中で大人ぶって吐く戯言によって当時の社会を知ることができるのが収穫だ。

一家の近所に朝鮮人一家(離縁した母親は日本人)がいて、子供達は、ジュンの同級生でありタカユキの悪友である。そんな彼らが母親を除いて帰国事業で北朝鮮に帰ることになるシークエンスは母親との交流を含め大変ドラマチックに描かれ、特に息子(森坂秀樹)が母親を思って列車を降りてしまう場面が感動的。
 ところが母親が既に再婚し町を離れていた為途方に暮れた息子をタカユキが新聞配達して支援するのも胸を熱くする。

在日朝鮮人差別問題は日本において100年以上(1910年から45年まで立場上彼らも“日本人”であったわけだが)続いているが、最近は国家レベルの不和が一部民衆間の軋轢をも再び大きくしつつある。僅かな救いは川崎市の条例など差別を犯罪扱いする気運が生れつつあることだ。
 本作でも学芸会で差別的言動が出て来るも、あの程度では虐めの範疇を出ず、それより帰国事業が本格的に扱われていることのほうが意義深い。北朝鮮がパラダイスとは真逆であったことを知る現在、北朝鮮系家族が分散していく近作「焼肉ドラゴン」でも述べたように、この映画から感じられる彼らの希望に却って我々の気持ちは暗然としたものにならざるを得ない。この時に日本にいる我々は在日の彼らを含めて北朝鮮の現状を知る由もなかった・・・。

さて、ヒロインは失業した父親と進学問題で対立するのだが、そこから彼女が一流高校に進まずに勤めながら夜間高校に通うことを決意するまでが、紆余曲折を含め総じて即実的に描かれる。彼女の気持ちが決して妥協ではなく信念に貫かれているのが爽やかで実に良い。その彼女の心情は、学校見学や会社訪問のエピソードでしっかり裏打ちされる。

といった具合に、ガンバリ屋の少女を生き生きと描いた青春映画で、お話の流れが常識的すぎる憾みがあるが、細部の描写が優れている為極めて普遍性を持つ名作となった。浦山桐郎監督は、デビュー戦で本塁打をかっ飛ばしたと言うべし。

中学生時代を思い出して少しセンチメンタルになるデス。僕が中学生になるのはこの10年近く後だが、時の流れが今ほど早くないので、市民の生活情景はそれほど変わらない感じ。

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