映画評「グッバイガール」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1977年アメリカ映画 監督ハーバート・ロス
ネタバレあり

この頃監督のハーバート・ロスは絶好調で同じ年に「愛と喝采の日々」を撮り、前年には「シャーロック・ホームズの素敵な挑戦」という優れたホームズのパスティーシュも作っている。本作はまた脚本を書いた劇作家ニール・サイモンの代表作でもあろう。

今回の放映版は、僕が映画館で観た時と同じ高瀬鎮夫氏の対訳。僕は彼の訳が非常に好きなのだが、放送自粛用語等の理由で後年の訳に変えられることが多いので、嬉しかった。

娘クイン・カミングズの父親である夫に続き役者をする内縁の夫にも去られて落ち込む子連れ中年ダンサーのマーシャ・メイスンの前に、その彼から権利を譲り受けたという役者リチャード・ドライファスが現れ、立場上の不利をつかれて、結局同居する羽目になる。
 少々勝気なマーシャと口八丁のドライファスの相性は悪いが、何故か娘は彼に好感を覚えているらしい。やがて、マーシャがなけなしのお金を強盗に取られ、ドライファスが精魂を傾けたリチャード三世役が酷評を受けると、互いに同病相憐れむ関係になり、それが愛情に発展していく。
 しかし、彼は映画監督からオファーを受けシアトルにロケに出かけると言う。またも同じ事の繰り返しかと彼女が嘆いていると、彼が公衆電話から電話をかけてきて「ギターのケアをしておいてくれ」と言う。

つまりハッピー・エンドなわけだが、何と言っても嬉しいのは、出会いが雨の日であり(しかも彼は一度追い出された後電話をかけてくる)、この幕切れでそれに対照的に呼応させる定石的扱いの巧さである。定石は下手にやるとつまらなくなるが、うまくはまると感動を大きくするのだ。

勿論一流劇作家であるサイモンならではの台詞の掛け合いに面白さがあり、ロスの演技指導よろしきを得て二人の演技の呼吸が良く、台詞劇として大いに楽しめる。

アカデミー主演男優賞を受賞したドライファスは「ジョーズ」「未知との遭遇」を経て本作に出演、彼にとっても絶頂期であり、本作の演技は勿論充実。サイモンの奥さんに一時収まったマーシャ・メイスンも好演。Allcinemaの一部に彼女の演技が大味という意見が散見されるが、多分大味に見えるだけで実はきちんとしているのだと思う。僕は演技分析が苦手で、ある程度まで行くと巧拙の差がよく解らない。撮影時10歳のクイン・カミングズも好調で、この頃この手の生意気な子供が出て来る作品が流行ったような記憶がある。

味わい深い人情ロマンスの秀作と言うべし。二人の掛け合いを見ているうちに、純ロマンスではないけれど我が邦の「夫婦善哉」(1955年)を思い出した。このカップルの数年後かもしれませんな。

この十年ほど前にサイモン脚本で、ジェーン・フォンダとロバート・レッドフォードが新婚夫婦役で共演した恋愛喜劇「裸足で散歩」なんてのもあるです。男女のいがみ合いという点で共通点があるかな。

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