映画評「クワイエット・プレイス」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督ジョン・クラシンスキー
ネタバレあり

廃墟となって品物だけが残された店。その中で家族と思われる5人の男女が手が足音を立てぬよう歩き、話で会話をしている。何事なのか。やがて店や家々に貼られている新聞や張り紙により、隕石と共に地球に辿り着いた視覚のないエイリアンが音を頼りに人を含む生物を襲っていることが判って来る。だから会話は手話によるのだ。
 家に帰る途上、末っ子の男児が店から持ってきたロケットのおもちゃが出した音のせいで襲われる。それから一年近く経ち、家長ジョン・クラシンスキーはエイリアンが高周波に弱いらしいのを利用して撃退グッズを作成したり、二番目の子供の長男ノア・ジュープを河まで連れていき、マスキング効果で多少の音を立てられることなどを教える。
 臨月の妻エミリー・ブラントの世話をするよう言いつけられた長女ミリセント・シモンズは、勝気なため反抗するかのように、弟が死んだ場所にまで弔いに行く。その間にエミリーは独り出産の危機を迎え、しかも、釘を足に刺してしまう。それでも声を立てられない。
 子供たちもそれぞれピンチを迎え、やがて父親が救助に迎えに行く。

というのが開巻から4分の3くらいまでのお話。

着想はなかなか良くて中盤までは興味深く観られる。ただ、父親が開発した高周波発生の機械の仕組みやエイリアンの弱点との関係が曖昧でよく解らず、父親が襲われる時にそれを保持している娘が利用しない理由が不明であるなど具体性を欠くところがあり面白くなり切らない。或いは、エイリアンの絶対数や人口密度といった情報がないので論理的に見切れないところがあり、後半手詰まりの印象が強くなって少々退屈させられる。

もう少し細かい点では、序盤あれほど慎重に歩いていたのにその後思い切り走るところでその判断の差がよく解らなかったり、出産時に大きな声を出す赤ん坊を設けた夫婦の選択に疑問が湧く。といった次第で、脚本の詰めの甘さを感じ、世評ほどは感心できない。

監督は出演・共同脚本も兼ねるクラシンスキー。

半世紀以上前に作られた「人類SOS!」というSF映画を思い出す。大量の流星を見た人が失明し、謎の人食い宇宙植物に襲われるというお話でした。

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