映画評「スプリット」

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年アメリカ=日本合作映画 監督M・ナイト・シャマラン
ネタバレあり

M・ナイト・シャマランも今や期待しない人のほうが多くなったと思われる。この作品もはったりが目立つだけで、僕は余り感心しない。

三人の女子高生アニャ・テイラー=ジョイ、ヘイリー・ルー・リチャードスン、ジェシカ・スーラが何者かに誘拐されて監禁される。彼女たちが複数の犯人なのかと思っていると、服をとっかえひっかえするだけで、出て来るのはジェームズ・マカヴォイただ一人。

精神科医ベティ・バックリーと彼とのやり取りで彼が多重人格と判ってくる仕組みだが、23人格もあるというのだから驚き。尤も映画に出て来るのは数名にすぎない。

総じてアメリカで“雨後の筍”のように大量に作られている誘拐映画だけに余り気勢が上がらないものの、犯人が多重人格者であるという設定により少し盛り返す。

三人のうちグループに属しない生活を送って来たアニャが勘の良さを発揮して、観客も容易に想像されるように、子供の人格を誘導したり被害者に同情的な人物を探したりするのだが、人格同士の結束の為にこれは叶わない。やがてハックリー博士は最初は疑っていた24番目の超人的な人格が現れそうになっていることに気付き、彼の住処を訪れた結果、その新人格“ビースト”に襲われることになる。

終盤幾つか仕掛けがあるのでこれ以上お話を述べるのは控えようと思うが、映画の評価に関わるところが多いので、言っても言わなくても何か不都合の段あるかもしれず誠に悩ましい。

構成上の最大の難点は、現在の展開に関連付けられる形でインサートされる、猟を体験するアニャの少女時代(僕の一般的な判断では高校生もまだ少女なのだが)が大した意味を成さないこと。マカヴォイの少年期と重なり通奏低音を成す部分であり、また終盤に猟銃を持ち出すことでドラマとして整調するという意図は解るものの、その効果以上にリズムの悪さというマイナス面が大きくなったので、殆ど削除して差し支えない。

彼の住居はなかなか意外なところにあると判明するが、何故誰も気付かなかったのかよく解らない。

そして、どうも本作は「アンブレイカブル」シリーズの一部を構成するらしく、現在上映中の同作の直接的続編「ミスター・ガラス」と三部作を成すらしい。シャマラン先生、ネタに詰まって昔の作品をほじくり出した模様。

シャマランかシャラマンか相変わらず自信がない。関心がないからねえ。一時アメリカ一ギャラの多い監督だったが、現在はどれほど貰っているのか。

"映画評「スプリット」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント