映画評「DESTINY 鎌倉ものがたり」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・山崎貴
ネタバレあり

山崎貴監督が「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズの原作者・西岸良平のコミックを再び(と言おうか4度目と言おうか)を取り上げたファンタジー。

本作を観ていてとにかく気になったのは時代背景がいつなのかということ。主人公の車は昭和二十年代くらいの感じだが、彼は趣味人ではあり、それで断定は出来ぬ。他の車を見ると昭和40年代後半くらいか? キッチンの様子もそんな感じ。しかし、中盤「ディズニーランド」の言葉が出て来る。ディズニーランドは昭和58(1983)年開業だからそれ以降ということになる。携帯電話が出て来ないから平成前か? 恐らく、昭和風味を徹底的に投入した現在なのであろう。

とにかく、そのよく解らない時代の推理作家・堺雅人が出版社勤めの高畑充希と結婚、鎌倉にある自宅に迎え入れる。作家曰く、鎌倉は魔物・幽霊が当たり前のように出没する町である、と。
 彼女は初めて幽霊(吉行和子)と出くわす祭でマツタケを買うが、実は人の魂を吸う毒キノコ。二人とも危うく難を逃れるも、ある夜外出した彼女は魔物に転ばされて魂が抜け出、ちょっとした騒動の末、黄泉の国の人となる。
 死神(安藤サクラ)の洩らした一言から彼女を取り戻せると確信した作家は、毒キノコを利用して黄泉の国へ旅立つ。

「古事記」「日本書紀」のイザナギノミコトとイザナミノミコトの挿話を思い出す人もいるだろうが、僕は洋画ファンだからオルフェウスが愛妻エウリュディケを連れ戻そうとする挿話を先に考えた。実際こちらのほうにより似ている。原作者は勿論この挿話のどちらか又は両方からアイデアを拝借したのではないかと想像するが、山崎貴が作るのだから、幕切れは明るいものになるだろうと予想した。

実際どうなるかは観てのお楽しみとして、前半は非常に好もしい。のんびりとしたところが一向にファンタジーらしくなく、大いによろしい。主人公も好人物だが、高畑充希演ずる若い細君が超俗的な人物で、その存在自体が胸を打つ。先日のアニメ「ひるね姫」におけるのんびりした話しぶりにすっかり惚れ込み、この作品もその延長上にあって、僕はすっかり高畑充希のファンになってしまったようである。
 中でも良いのは、彼女が貧乏神をもてなすこと。余りの親切に貧乏神も心を揺すぶられて皿を残していく。後段これが活躍するのだから、誰にでも親切にしておくことだ。そこはかとないメッセージを感じる。

しかし、主人公が黄泉の国へ行ってからの騒動がドタバタと慌ただしいだけで風情を欠き、それまで味わってきた良い気分がかなり吹き飛ぶ。気分どころか★も吹き飛ぶが、前半頭をかいて披露される主人公の金田一耕助ばりの探偵ぶり、亡父と一人の作家を巡る謎解きなどなかなか面白味のあるミステリー趣味を考慮して、前半の☆★を維持することにしました。

小津安二郎も美人四姉妹も出て来ない。

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