映画評「007 スペクター」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年イギリス=アメリカ合作映画 監督サム・メンデス
ネタバレあり

シリーズ第24作は、ショーン・コネリー時代の要素を徹底的に持ち出しながらそれを揶揄するというひねくれた脚本が非常に興味深かった前作「スカイフォール」と同じく、コネリー時代の要素を換骨奪胎して再構築する手法で展開、またまたジェームズ・ボンドの出自に絡むお話になっている。前作を余りに楽しんでしまった為にちょっと落ちる感はあるが、再起用サム・メンデスの展開ぶりが余裕たっぷりで、今回も相当面白い。

“死者の日”の祭が賑やかに行われているメキシコシティで、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)がスタジアム爆破テロを企む悪党を仕留める為に大奮闘というのがプロローグ。
 その為にMI6で干されることになるが、そんなことにお構いなく行動するのがボンド氏で、殺した男の未亡人(モニカ・ベルッチ)の命をスペクターという組織から守ることを条件に、組織の秘密会議が行われる場所に乗り込むことに成功する。
 やがて、実は少年時代義理の兄弟であった男がプロフェルド(クリストフ・ヴァルツ)と名乗って組織を率いていることを把握、それらの情報をもたらすことになった元一味の男の娘マドレーヌ(レア・セドゥ)と共に、彼の仕掛ける様々な画策に対峙する羽目になる。

前作で用いられたアナログVSデジタルの図式が、今回はMI6の“00”部門VS世界的な監視システムという図式に発展的に応用されている。勿論MI6の仕組みがアナログ的で古臭いということ。

その急先鋒がM16を自ら率いるM15に組み込もうとする部局長C(アンドリュー・スコット)で、実はこれがスペクターと手を組んでいる。つまり、スペクターが先進国を利用して事実上の世界征服をしようというのがスパイ映画としての理解であるが、作者の狙いを深読みすれば、実際にはその逆で、(悪党と組んでも)是が非でも国民を監視下に置きたいという先進諸国の野望を揶揄していると思われる。
 我が国がアメリカに言われるまま色々と成立させてきた様々なシステムはそれに近いのではないか。現に、映画では世界的な監視システムを構築する先進国会議が日本で行われ、その中に日本も入っている。監視も悪いことばかりではないが、反政権的ながら穏当な市民運動を取り締まるために使われるようでは困る。

閑話休題。
 ヘリコプター、自動車、列車と今回は特に乗り物を駆使したアクションが多い感じがあり、リアリズム基調とは言え、近作の中では最も華美な見せ場が繰り広げられているような気がする。勿論オールド・ファンには、それ以上に、スペクターという組織やプロフェルドという名前にゴキゲンになる人が多いだろう。ボンドとプロフェルドが義兄弟とは、やり過ぎの感がなくもないが(笑)。
 その一方で、M(レイフ・ファインズ)もQ(ベン・ウィショー)もミス・マネーペニー(ナオミ・ハリス)も積極的に外に出て行く。古くて新しい、換骨奪胎の所以である。

世界の現状や未来を知ることが出来るので、純粋な娯楽映画も馬鹿にならない。9・11を予言したような「マーシャル・ロー」以来僕はそんな思いを抱いている。

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