映画評「ジェーン」

☆☆★(5点/10点満点中)
2015年アメリカ映画 監督ギャヴィン・オコナー
ネタバレあり

意図せずに連日同じ監督の作品を見ることは、昔はまだしも、最近は非常に珍しい。偶然にも、昨日観た「ザ・コンサルタント」での感覚がなかなか良かったギャヴィン・オコナー監督の作品なので、監督としての実力の程に注目して観た。
 ショットの捉え方など感覚はやはり良いものの、今回は狙いが余り気に入らない。ただ、時系列をいじった本が好きらしいことは解った。

南北戦争後の荒野。5歳くらいの娘を抱えたナタリー・ポートマンが、射撃されて重傷を負った夫ノア・エメリックを家に迎える。昔の子分である彼を付け狙う悪党ユワン・マクレガーの一味に撃たれたのだ。
 やがて一味が追って現れるのは必至だから娘を連れて逃げろという夫君の忠告を聞かず、娘を友人に預けた彼女は、昔の婚約者ジョエル・エドガートンに救援を求めるが、一旦は断られる。その背景にあるのは、8年前に南北戦争に彼が出征した3年後に彼女が現在の夫と結ばれて子供を設けたことだが、結局は彼女を見捨てることができない彼は彼女に手を貸すことにし、かつ、その間の彼女の事情も大分理解する。
 かくして家の周りに周到な仕掛けをした彼らは、マクレガーの一味を待ち受ける。

敵一味が来るのが分っていながら待つのは「真昼の決闘」(1952年)の女性版ヴァリエーションみたいなもので、砦ものの形式にも準じているが、人間関係を含めたお話の構図としてはならず者に夫を殺されたラクエル・ウェルチが射撃を習って師匠的な男と共に復讐を果たす「女ガンマン 皆殺しのメロディ」(1971年日本劇場未公開)に近い。但し、三角関係のもつれを交えたところにぐっと現代性がある。

しかし、十数年がとこ、作られるのが遅かったのではないかという気がする。この間(かん)女丈夫の作品が作られすぎて有難味がないどころか、そうした女性の強さがフェミニズムの観点から作られている印象があり、感じが良くない。アメリカ映画界のリベラル感覚を僕は評価しているが、行き過ぎは何でもダメである。

一番がっかりさせられるのは終盤だ。この監督の画面感覚は、冒頭で述べたように悪くないが、最後の決闘が暗闇の中で行われ何が何だか解らないのでは意味をなさない。映画館で観れば多少ましに見えただろうが、これでは見栄えが悪すぎる。

最後は「シェーン Come Back」ならぬ「ジェーン Don't Go Back」 でした。

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