映画評「ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄」

☆☆★(5点/10点満点中)
2016年カナダ映画 監督ウーリー・エデル
ネタバレあり

年間2~3本はその主演作を観ることができるニコラス・ケイジが主演するオカルト・ホラー。1960年代前半までは皆さんそうでしたがね。

ハロウィンがテーマなので、ケルトが絡んでくると思ったが、案の定悪霊となるのがアイルランド出身のケルト人女性である。
 彼女が子供と共に殺されてから300年後、ハロウィンの夜にニコラス・ケイジは一緒にいた息子ジャック・フルトン君を見失い、これにショックを受けた細君サラ・ウェイン・キャリーズとの間に不和が生じる。
 1年後のハロウィンの三日前に息子の姿を目撃したような気のしたケイジは、データを調べた結果、ハロウィンの日に姿を消した子供たちは半数が発見されていないことに気付き、事件の背景に300年前の魔女狩り事件の存在があることを知る。
 やがて、行方をくらます前に息子の言った「幽霊に借りを返せ(Pay the ghost)」という言葉の落書きのある貧民窟に入ると、そこに霊界とのインターフェースたる橋があり、ハロウィンの夜だけ霊界から息子を救い出せるチャンスがあると知って、その橋を渡っていく。

オカルト・ホラーをよく観る人には型通りのお話にすぎないものの、(厳密にはカナダ映画ながら)アメリカで実際に大量に起き、大量に映画が作られている誘拐事件とオカルトとを結合したところに一応の面白味がありましょうか。

300年前に周辺住民の差別感情により殺された女性の幽霊の復讐譚だが、無差別に子供をさらったのでは逆恨みであり整合性がない。まあ幽霊に整合性が必要なのか解りませんが。反対に、息子を取り戻そうとするケイジ側にはご都合主義的に進むところが目立つ。

といった具合に、作劇に余り褒めるところがない作品ながら、短尺の作品にふさわしく余り欲をかいていないのは良い。
 脚本で一番気になるのは、主人公が息子を見失った後警官に「子供は携帯を持っているか」と言われながら、息子が帰っていないか確認する為にわざわざ家に戻り、息子のいないことを確認した上で細君と一緒に現場に戻る、序盤の場面。いかに慌てているとは言え、それこそ携帯で細君に確認してもらった上で現場に来てもらったほうが合理的である。全く下手な見せ方で「この調子では先が思いやられるわい」と思ったが、その後はそれなりに見せる。

ケイジと反目する刑事(笑)は批判的な態度の裏で実は真面目に捜査してくれるのだが、ケイジのワンマン・ショーである現状では役不足。この刑事とケイジをもっと協力させたほうが作品として面白くなっただろう。

何故か刑事と縁のある役が多い、ニコラス刑事ならぬニコラス・ケイジ。

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