映画評「第十七捕虜収容所」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1953年アメリカ映画 監督ビリー・ワイルダー
ネタバレあり

ビリー・ワイルダーの戦争がらみの唯一の作品ではないかと仰る人がいたが、実は本作のほかにも「熱砂の秘密」(1943年)というまことに面白い傑作がある。本作は、タイトルを見れば解るように、捕虜収容所ものの秀作で、多分今回で3回目の鑑賞となる。

ドイツの捕虜収容所が舞台。そこから綿密な組織的計画の下に二人の米人捕虜が脱走するが、失敗する。誰かスパイがいるにちがいないと疑心暗鬼になり、収容所の中で物を売り買い(交換)するなどして要領よく過ごしているウィリアム・ホールデンが失敗に賭けたことを理由に疑われ、村八分になる。新たに収容された中尉ドン・テイラーが軍用列車爆破のかどで所長オットー・プレミンジャーに責められる件で遂にぼこぼこに殴打される。
 大した根拠もなく疑われた彼は、情報が洩れる時に決まった変化があることに気づき、次のテイラーを脱走させる作戦の時に、本当のスパイを利用することで作戦を成功に導こうとする。

というあらましは、ミステリー要素のある脱走サスペンスで、原作(ドナルド・デヴァン、エドマンド・トルチンスキーによる戯曲)の貢献が大なのであるが、ワイルダーの手にかかると、小道具の上手さが際立って来る。小道具に注視させることができるのが舞台にはない映画ならではの強みである。
 まず電灯のコードが情報があるよという連絡を果たす役目を負い、その情報を収めているのがチェスの駒である、という具合で、ミステリアスなスパイものらしい楽しみが大いに発揮される。先日再鑑賞した「そして誰もいなくなった」(1945年)の毛糸のように小道具をうまく扱うと古い映画ファンはワクワクさせられてしまうのだ。

スパイの扱いも非常によく考えられている。スパイが死んだことに対してドイツ側の報復があるのではないかという将来的観測も成り立つが、実際はともかく、本作の文脈上ではその心配はない。ホールデンが報復されない方法として直接殺すのを避けるべく考えた作戦であると作者が前段の台詞で暗示しているからである。そうでなければ、悪い後味となってしまう。

マイナスは、ロバート・ストラウスとハーヴィー・レンベックの二人組コメディ・リリーフは必要を超えてくどくて長いこと。ワイルダーの得意分野とは言え、もっと整理すべきであっただろう。

だから昨日言ったでしょう、「捕虜になっても戦力だ」って。

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