映画評「ラブ&ピース」

☆☆★(5点/10点満点中)
2015年日本映画 監督・園子温
ネタバレあり

園子温監督は、初期のホラーが特徴的で興味を持ち、それ以来チャンスがあれば観ているが、以前シリーズ化もされたこともある「リアル鬼ごっこ」はリメイクなので敢えて観なかった。
 本作は、内容を分析しようとすれば物凄い長さの文章が書けそうだが、それほど拘らなくても良いだろう。

ロック・ミュージシャンを目指して挫折し現在は楽器の部品会社の事務系社員として働く長谷川博己は、うだつが上がらない為会社でひどい虐めに遭って、思慕する同僚事務員・麻生久美子から親切にされたのにきちんとした対応ができず、思いを打ち明けることもできない。
 街頭で出会ったミドリガメが気に入って購入、可愛がって会社にまで持っていくとまたまた馬鹿にされ、泣く泣くトイレに流してしまう。偶然絡んできたロック・バンドから虐められるように歌を強要されると、亀への思いを綴った歌詞が音楽プロデューサーの目に留まり、リード・ヴォーカル兼コンポーザーに抜擢され、その戦略がずばり当たって大スターになっていく。

その背景には、下水道を流れて変な老人・西田敏行と出会った亀に与えられた夢を実現する力があり、主人の夢を実現する都度、亀は大きくなる宿命を背負う。

という二つの、やがては一つになっていく大きなお話の流れで構成されているが、僕はこれは夢を実現する夢を見た男の物語と思う。つまり、最後のシークエンスは夢から覚める夢落ちと解釈する。
 お話の流れとしてはコンサート会場から侘しい家に戻り、そこへ久美子嬢も立ち寄ろうとする、という一連の流れと理解して問題ないのだが、職場での異常な虐められ方や、喋るおもちゃやペットから判断して主人公が見続けた、夢(の実現)を見る夢と判断したくなるのである。エンディングで流れるRCサクセション「スローバラード」もそれを裏打ちするかのように夢に言及している。

そんなお話を通して打ち出される主題と言えそうなのは、やはり簡単に捨てられるおもちゃやペットを通しての物質文明批判であると思う。国立競技場や原子力(もしくは原爆)への遠回しな言及もあり、それはかつての「ゴジラ」や「ガメラ」に通じる風刺や諧謔と十分理解できるが、傍流に位置するものだろう。

恐らく「ラブ&ピース」はLove and pieceであり、「piece(個々)を愛せよ」と解釈できると同時に、通常イメージされるLove and peace(愛と平和)との掛詞と解釈して良いはず。詩人でもある園子温らしい言葉遊びなのではないか。

全体としてはやりたい放題だから、世に蔓延するリアリティ病にかかっている人には受けそうもない。僕は頗る許容範囲の広い人間だから、頭ごなしに否定こそしないものの、趣味に合うとも言いかねる。

園監督、昔は文学者が映画を作っているという感があったけれど、昨今はすっかり三池崇史と区別しにくい状態。園つながりで思い出すのは、「夢は夜ひらく」。若い人、分かるかな、分かんねえだろうなあ。

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