映画評「ディア・ハンター」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1978年アメリカ映画 監督マイケル・チミノ
ネタバレあり

2010年頃までおよそ40年間購読した映画雑誌「スクリーン」の読者欄を一番賑わした作品ではないだろうか。「ゴッドファーザー」(1972年)も騒がれたが、それ以上だったと思う(但し、近年は知らず)。

センセーションの一つは、クリストファー・ウォーケン。傷つきやすそうで透明な容姿が女性陣の心を掴んだ。その後傑作・名作と言われる作品にはさほど恵まれていないが出演数は多く、本作がなければこれほど重用される役者にはなっていなかっただろう。
 もう一つは、ロシアン・ルーレットの超ド級の緊迫感。一発だけ銃弾をこめて自分の頭に向けて引き金を引くロシアン・ルーレットが本作で一躍お馴染になった。

「サンダーボルト」(1973年)が日本で紹介されていたマイケル・チミノは本作で大注目の監督になったが、次の「天国の門」(1981年)で製作した名門ユナイテッド・アーティスツを倒産の危機に追い込んで干された。僕はテアトル東京最後の日に「天国の門」と本作を観た。日本一でかいと言われたスクリーンでの本作の迫力に圧倒され、帰宅の途についたのは午前5時頃である。それが正に最後の上映であった。

恐らく1973年(グラディス・ナイト&ザ・ピップスの名曲「夜汽車よジョージアへ」が戦場ベトナムでかかる)、ペンシルベニアの鉄鋼の町で暮らす5人の友人たちのうち、ロバート・デニーロ、ジョン・サヴェージ、そして前出のウォーケンが出征することになる。サヴェージは自分ではない男の子供を妊娠している女性と土曜日に結婚式を挙げ、月曜に出征という慌ただしさ。日曜日にサヴェージを除く友人4人(前出二人加え、ジョン・カザール、ジョージ・ザンザ)は鹿狩りに山へ繰り出す。

街並みの描写に続き撮影監督ヴィルモス・ジグモンドが捉えた山岳での情景が非常に素晴らしい。射止めたシカを囲んで明日の出征を控えた沈黙の場が、突然、爆音がうなるベトナムの戦場に移る。映画館では音量と明暗による落差が強烈な印象を残した。TVではさすがに無理である。

そして、いよいよ、捕虜になった三人がベトコンにロシアン・ルーレットを強制される緊張の場面が始まる。弱気のサヴェージはまともにできない為水牢に入れられ、強気のデニーロはこめる銃弾の数を増やすことをベトコンに持ちかけ、緊張で隙ができた瞬間を狙って逆襲する算段である。いずれにしても一度は挑戦しなければならない。
 もっと長い場面だったような気がするが、それだけこちらも主人公たちと同様に緊張に手に汗を握っていたのでしょう。

その結果三人とも命を奪われずに退役することになるが、ウォーケンの恋人メリル・ストリープに挨拶に出かけたデニーロはサヴェージが足を失って退役軍人病院に入院していることを知り、さらに彼の許に届いているお金から精神を病んだウォーケンがまだベトナムでロシアン・ルーレットで稼いでいることに気付く。かくして再びベトナムに赴いたデニーロはウォーケンを連れ帰ろうとするが、ウォーケンはルーレットを強行するうちに死んでしまう。そして、葬儀の後女性たちを加えた知人たちで彼を偲ぶ。

ロシアン・ルーレットは戦争の狂気を象徴し、運が生死を分かつ戦場の恐怖を表現する。必ず死ぬなら却って怖くないのではないだろうか、そんな思いを抱きつつ観ていた。一発の銃弾の重みを知ったデニーロは退役後の狩りでシカに向って銃弾を放つことができない。胸に迫る場面であった。
 今の若い人はせっかちだから、前半の、特に結婚式場面が延々と続くところで退屈してしまうのではないかと危惧するが、この長さが醸成する重量感が後半のルーレットの超ド級の緊張感へと繋がっているはずだから、ここをあっさり処理しては観終わった後の肩が凝るような疲労感が生まれまいと思う。

いずれにしても、本作は映画による見事な純文学であった。それが大衆によりこれだけ騒がれたのは、必ずしもロシアン・ルーレットやウォーケンの為だけではない。演技陣が揃って好演し、ジグモンドが美しい画面を構成し、ジョン・ウィリアムズのギターが余韻を生み出し、それらを堂々とまとめあげたチミノ渾身の演出がそれを成し遂げたのである。今回見直してつくづく感心した。

配役陣のデニーロが既にスターであったがまだまだ新鮮。「ジュリア」(1977年)で短い映画出演を果たしたメリル・ストリープは出番が大幅に増えた本作にてスターダムが半ば約束された。新鮮な美しさと演技力の一端を観ると、栴檀は双葉より芳し、の思いを抱く。

IMDbでの評価が上がっているのは、リアル・タイムで観て興奮した者としては嬉しいぞよ。本作を見直すと、先日観た「ファーナス/訣別の朝」は本作の本歌取りであることがよく解る。

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