映画評「ガッチャマン」

☆★(3点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・佐藤東弥
ネタバレあり

1970年代初めの人気テレビアニメシリーズを実写映画化したSF映画。
 有名アニメの実写化は思い入れがある人が多い分一般コミックや文学の映画化よりハードルが高いのに懲りずに映画化とはご苦労様、と皮肉の一つも言いたくなる出来栄え。思い入れを別にしてもお粗末にも程がある。

2015年に攻撃を開始して数年後地球の半分を占拠した謎の侵略グループ“ギャラクター”と、彼らを倒す為に“石”の力を引き出すことのできる適合者として選ばれた人間兵器集団“ガッチャマン”5人との闘いを描く。
 如何にそのガッチャマンの面々が、ギャラクターが科学者(光石研)の作った武器を悪用して主要都市を攻撃しようとするのを防ぐか、というだけの単純なお話だから、おためごかしの部分を省けばTVシリーズ二話分くらいの尺で十分処理できるはずだが、下に述べる日本映画の悪い癖のてんこ盛りで113分の長尺となっている。

ガッチャマンのリーダーたるケン(松坂桃李)とジョー(綾野剛)がアフリカでの戦闘で失ったナオミ(初音映莉子)との三角関係がまずくだらない。要素としてはあっても良いが、じっくり描く意味はない。彼女を殺したギャラクターのイリヤ(中村獅童)への復讐を優先しようとするジョーと、任務を忠実に遂行しようとするケンとの確執も有難がる必要はない。さらに、メンバーの命と任務遂行ではどちらを優先するか、といった子供だましの葛藤を延々を連ねていつしかクライマックスへ。
 そのクライマックスでは数分を争っている時にまたぞろ彼らは「一億の命を救う為に一人を犠牲にしない、全員を救う」などと御託を並べている。そんな時間があればさっさと行動しなさいと言いたくなる。そういう御託はお話の進行の中で間接的に見せれば良いのである。

といった具合に、一見大人向けのように見せておきながら、TVアニメより余程子供っぽいと言うしかない。ハリウッドのアメコミの映画化も妙に葛藤や苦悩が多く扱われ僕をうんざりさせ有難くないと言いつつ、作り方が上手い為に子供だましという印象を抱いたことは一度もなく、雲泥の差である。
 それでもクライマックスが明確に描けていればともかく、最後の攻撃を停止させる場面が何だかよく解らず肩すかしなのだから、本末転倒と言うべし。

紅一点のジュン(剛力彩芽)は純情可憐だったアニメよりぐっと積極派。彼女に限らないが、言葉遣いにも時代を感じる。彼女の弟・甚平(濱田龍臣)はITに精通、竜(鈴木亮平)はアニメ同様コメディリリーフ。因みに、原作となったTVアニメシリーズは、僕がそろそろアニメを卒業しようと思っていた頃に始まったので、最後まで観ていない。

後年「およげ!たいやきくん」が大ヒットする下門真人の歌ったエンディングの歌は今でも「ダメだ、ダメだ、ダメだ~」と替え歌(本当は「誰だ、誰だ、誰だ~」)で歌う。本作のような映画を観た時には自ずと口ずさんでしまう。

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