映画評「小さいおうち」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

中島京子女史の同名直木賞受賞作を山田洋次監督が映画化したドラマ。

大学生の健史(妻夫木聡)が亡くなった大叔母タキ(倍賞千恵子)の自叙伝を託される。元々彼が書けと勧めたものだ。昭和十年ごろ山形から上京した後或る中流階級一家の女中として過ごした日々が中心となって書かれたもので、ここから回想に入っていく。

お話のスタートは、同じ時代を舞台背景とする「永遠の0」と苦笑が洩れるくらいそっくり。

十代のタキ(黒木華)は、金属製おもちゃを作る会社の常務を務める平井氏(片岡孝太郎)の家の女中になり、その妻・時子(松たか子)に可愛がられ、幼い息子・恭一にも好かれる。ある時家を訪れた会社のデザイン屋・板倉正治(吉岡秀隆)が訪れ、その会社員離れした様子に時子が気に入り、遂に彼の見合い話を進めるうちに懇ろの仲になってしまう。タキは彼の出征の日に最後の逢瀬をしようという奥様を止め、預かった手紙を持って彼の家に出かける。

序盤は前作「東京家族」同様完全なる小津安二郎調で、時子の姉を演ずる室井滋は杉村春子じゃねと思って観ていたくらい。ところが、時子と正治の間に慕情が生まれ隠微(淫靡ではないですぞ)なその心理を描出する辺りになるとぐっと趣が変わる(画面構成としては小津調は続き、終盤の水田の描写はまるで「麦秋」)。夏目漱石の心理小説を彷彿とするものがあるのである。そのムードを効果的に醸成している、正治の下宿先階段に関わるショットが本作の画面としては一番お気に入り。

実は隠微なのは二人の関係以上に、タキの心情である。秘められた三角関係ということに変わりはないが、その三角の相手が実は相当微妙で、ストレートに正治なのか、レズビアン的に時子なのか解らない。この作品に関しては解らないまま終わるからこそ秘めた心情の切なさが浮かび上がる。ある人の言う「描写が薄い」のではなく、意図的に曖昧に留めたのである。
 結果的に老いたタキの流す涙の意味が両義的になるが、多分正治に会わ(せ)ないまま死なせた奥様へのお詫びといった思いであろう。彼女が手元に置いていた奥様の手紙や正治の絵も色々含みがあり、正に漱石「こころ」の開けられたままになった障子(正治にあらず)の謎のようにいつまでも頭の中で響き続ける。これを全部あからさまにしたらそれこそ“身も蓋もない”ではないか。

恋愛心理映画として断然評価しつつも、静かな反戦映画としての側面も無視できない。時代の気分を、少々きな臭くなっている我が国の今に重ねているのであろう。「日本の人々は不本意な行動を取らされた。その不本意に気付かずに行動した人もいた」という終盤の台詞は、いかにも山田洋次らしい庶民感覚に横溢した素晴らしいものだ。

山田監督の素晴らしいカット割りはサスペンスにこそ生かされると思っていたが、漸くこの作品でその一端が感じ取れてハッピー。

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