映画評「陸軍」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1944年日本映画 監督・木下恵介
ネタバレあり

1944年戦後の大監督になる黒澤明と木下恵介が戦意高揚映画を作っている。そうした目的をもって作られているわけだから、反戦映画であるわけがない。
 しかし、黒澤監督の「一番美しく」は反戦を唱えていなくても(自由に映画が作れないことに対する)体制への反骨精神をどこかに感じさせるものがあったと思う。陸軍の企画に則って木下監督が作ったこちらはもっと興味深い。

お話は幕末から1930年代日中戦争までのおよそ70年間にわたる高木家の惣領(長男)三人の従軍に関する年代記で、特に二代目(笠智衆)と三代目の関係を綴る。
 二代目は戦地で病気で碌に活躍できない失意のうちに帰国、その代りをさせようと思う長男は弱虫で体も大して強そうではない。長じて(三津田健)何とか検査には合格し、やがて上等兵への昇進が決まるが、友人が果たした出征をなかなか果たせないことに両親ともにやきもきする。出征が決まった時それまで軍国少年として育てる為に叱咤激励してきた母親(田中絹代)は喜んだものの、出征を見送りに行こうとしない。しかし、周囲の騒ぎに遂に抗しきれず、歓呼する群衆を押しのけて息子を追いかけ、互いを確認する。母親は涙を流す。

僕は最初に観た時この厭戦的なムードさえ漂うこの幕切れによく検閲が通ったものと思ったものだが、聞くところによると陸軍将校がサーベルを持って松竹に乗り込んだと言う。木下は「母親が涙を流してどこが悪い」と逆らったと伝聞される。実際には、戦争における日本の不利が伝えられる中公開された時には戦意高揚どころか意気消沈させかねないこの幕切れはカットされたようである。さもありなん。

(追記)
この記事をアップした後木下恵介監督の伝記映画「はじまりのみち」を観て、本作幕切れの“カット”について疑問を覚えたので、手元にある資料で調べてみると、「公開されるや、問題のラスト・シーンに怒った陸軍将校が・・・」とある。これを信じれば、ラスト・シーンはカットされていないと理解できる。はっきりしないので、上記ともども参考情報ということにしておきます。
(追記終わり)

AllcinemaでK氏も述べているように(ほぼ似た感想、つまらんが仕方がない)、87分の上映時間の中でちょうど77分辺りで映画は突然変調する。それまでお国の為に尽くし死ぬことを至福とする台詞の数々で軍のご機嫌を取ってきたトーンが、母親がふと考え込む77分から10分間母親の息子への愛情を示すトーンに変わるのである。男性(父親)基調が女性(母親)基調に変わったとも言える。

建前と人前ではお国に息子を差し出すことを最高の幸福と見せかけつつ、本音では日本中の母親が「君、死に給うこと勿れ」と思って見送ったはずである。とにかく、移動撮影を駆使したこの10分に渡るラスト・シーンは映画史に残る名場面である。それまでの滅私奉公に徹した77分の描写にうんざりしてもこの幕切れだけは大概の方が心を動かされるであろう。母親の愛情もさることながら、映画として実に美しく、僕はそこに感動してしまうのである。

友人の父親である商人(東野英治郎)と二代目との再三に渡る口論が面白いが、火野葦平の原作を脚色した池田忠雄は、トーンを変える前にも、この商人の台詞に戦争に対する一般国民の本音を語らせていたように思う。神風なくして日本は本当に元(モンゴル)に勝てたろうか?

東野英治郎の実家の商店が比較的近くにある。群馬に舞い戻り、膵炎で酒が飲めなくなる前、一度ビールを1ケース買った。母親に場所を教えられて行ったと思う。ビールを飲むのは父親とのスキンシップの為であった。

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