映画評「新少林寺/SHAOLIN」

☆☆★(5点/10点満点中)
2011年香港=中国合作映画 監督ベニー・チャン
ネタバレあり

リー・リン・チェイ(ジェット・リー)の出世作「少林寺」が公開されて来月で丁度30年。光陰矢の如しでありますが、本作は同作の続編にもリメイクにもあらず。

辛亥革命により清朝は滅びたものの軍閥が覇権を争う時代となり、少林寺がひもじい庶民の難民キャンプのようになっている。
 その近くを支配する将軍アンディ・ラウが更なる権力を得ようと、子供同士の婚約を祝う為に招いてくれた義兄弟の将軍を密かに殺そうと企むが、逆に腹心の部下ニコラス・ツェーに裏切られてピンチを迎え何とか屋敷を抜け出したものの、娘と共に崖から滑落、ほうほうの体で少林寺に辿り着く。娘を失って妻ファン・ビンビンに逃げられた彼は今では懸賞金をかけられて追われる身になり、一時は馬鹿にした少林寺に身を置く決意をし、厨房係ジャッキー・チェンにつき、やがて拳法を習うことを認められる。
 他方、今や将軍となったツェーが中国の秘宝と交換に外国軍から武器を手に入れようと、宝探しの人夫として使った村人を証拠隠滅の為に殺していると知ったラウ以下少林寺の有志が彼を囮に将軍の城から村人を解放する作戦を敢行、将軍の部隊が復讐の為に少林寺に乗り込んでくる。外国軍も全ての証拠を隠滅すべく少林寺に次々と砲弾を撃ち込む。

というお話で、戦争映画としてならともかく、カンフー映画として本作を観ると相当がっかりさせられることになる。少林寺は言わば中国人の愛国精神の象徴のような形で見せられているだけで、少林寺拳法は必要最小限しか見せて貰えない。カンフーと余り関係ないアクションでも、スピード感を殺ぐ為僕の嫌いなワイヤーが大量に使われていてかなり不満が残る。
 ラウとツェーが闘う最後の場面でやっと本格的なカンフーが出て来るが、それも外国軍の爆破によりジ・エンドとは何とも締まらず、結局一番それらしくて楽しめたのは、拳法が出来ないはずのジャッキー・チェンのアクロバティックなアクション。嬉しいけどがっくり(笑)。

当時中国における権益を虎視眈々と狙っていた諸外国の軍隊の実態はあんなものだったのかもしれないが、外国軍の扱いにはもう少し配慮があっても良い。

ニコラス・ツェーを儒教・仏教を排斥した中国共産党と思って観れば少しはすっきりしますかな。

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