映画評「わが谷は緑なりき」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1941年アメリカ映画 監督ジョン・フォード
ネタバレあり

ジョン・フォードと言えば「駅馬車」「荒野の決闘」という傑作西部劇が代名詞だが、英国(ウェールズ)の作家リチャード・ルウェリンの同名小説を映画化した本作が僕は一番好きかもしれない。

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主人公ロディー・マクドウォールは、ウェールズの炭坑町で長い間炭鉱夫をしている父親ドナルド・クリスプの七番目の子供として生れる。兄五人はいずれも父親同様炭鉱夫で、優しい姉モーリン・オハラもいる。
 やがて彼も炭鉱夫になる運命だが、産業構造の変化から賃金が下げられた為炭鉱夫たちが組合を組織しようと動き出した時唯一反対した古俗な父親が村八分の目に遭った為雪の降る集会場で抗議を行なった母親サラ・オールグッドがその帰りに川に落ち、助けようとした少年が重篤な病気に陥る。
 春になってほぼ完治した彼は一家で初めて学校に通って優秀な成績で卒業するものの、首になって海外に出て行った兄たちや妻アンナ・リーを残して事故死した兄の代わりに炭坑で働く決心をする。
 姉は少年を励ます熱心な牧師ウォルター・ピジョンと愛し合いながらも立場故に引き下がるしかない彼の代わりに炭坑主の息子と結婚して南アに旅立つ。唯一残った父親も炭坑事故でみまかる。

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という19世紀末のお話が、数十年後町を去ることになった主人公の回想の形で展開、ウェールズから遠く離れた我々の心をもノスタルジーで満たす。

主人公が序盤に語るように、彼の愛した山は炭坑のぼたで一部汚されてもまだ残された美しい緑が彼の心を捕えて離さなかったように、彼の人生航路も様々な艱難辛苦で一部汚されようと父親を筆頭とする彼の家族や牧師により山に残された緑のように今日そして恐らく死ぬその日まで美しいものとして彼の脳裏に記憶されるのであろう。
 モノクロで緑は見えないし、炭坑で働く人々の苦闘、宗教の名の下に人を差別する狭量な人物たちなどどちらかと言えば美しくない要素の数々を扱いながら鑑賞者の心に美しさが残るのもこの一家が示した家族愛や牧師の清廉さが鮮やかな色彩を放ち、主人公と同じ心境に立つことが出来るからである。

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フォードと撮影監督アーサー・C・ミラーの共同作業と言って画面は端正で郷愁を覚えさせるに十分、断然秀逸である。

コーラスを交えた音楽の使い方も優秀で、中でも僕が気に入ったのは開巻直後姉と末っ子が互いに呼び合うヨーデルのような声で、本作の音楽的基調が早くもここで示され、家族愛を歌い上げるお話の始まりとして鮮やかこの上なし。

フォードはアイルランド系で西部劇以外に「男の敵」「静かなる男」など祖国を扱った傑作を幾つかものしている。ウェールズはアイルランドではないが、やはりイングランドではない英国系といった意味でやはり同じグループの中に入れたい。いずれも素晴らしい出来映えながら、本作の味わいはその中でも格別と言うべし。

ふるさとは遠きにありて思うもの。

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