映画評「幸せの始まりは」

☆☆★(5点/10点満点中)
2010年アメリカ映画 監督リチャード・L・ブルックス
ネタバレあり

別の作品をUPするつもりでおりましたが、母校の高崎高校硬式野球部が3月23日第3試合に甲子園で滋賀代表の近江高校と戦うことが決まったので、野球がらみの本作に急遽変更致しました。
 とにかく、公立普通高校の進学校ということで出場校決定の時から、マラソンの市民ランナー河内君のような注目のされ方をして、NHKでもTV朝日でも紹介されておりました。東大を目指している選手もいるとか?
 31年前にも素人の監督(僕の在学中に選任された世界史の先生:本人曰く、ルールもよく解らないので本を買ってきた)による素人みたいな集団が出場して、野球の名門・星稜高校に11-1と完敗しました。あの時よりは選手は勿論監督もしっかりしているので「あるいは一勝?」と考えておりますが、どうなりますか。男子校なのでチアリーダーは恐らく兵庫県の女生徒に頼むことになるのではないかと思うております。
 因みに、同じ高崎市から健大高崎高校も出ていてややこしいですが、滋賀県出身若しくは在住以外の皆さん、応援よろしく。

閑話休題。

「愛と追憶の日々」で監督としても素晴らしいスタートを切った脚本家出身のジェームズ・L・ブルックスの恋愛コメディーで、彼のお気に入りジャック・ニコルスンも重要な役で絡んでくる。

全米ソフトボール・チームのキャプテン、リース・ウィザースプーンが31歳という年齢による衰えから代表から外されてショックを受け、気分転換にチームメイトに紹介された青年実業家ポール・ラッドと会ってみる。
 彼は父親ニコルスンから渡された書類に不用意にサインしたことからFBIの追及を受ける立場となってどん底気分、そんな二人が会っても盛り上がるわけもないが、ラッドは彼女に好感を覚え、一方リースは相談相手としてなら最適と思い、大リーグ、ワシントン・ナショナルズのリリーフ・エース投手(注:年俸1400万ドルでブルペンならエースだろう)オーウェン・ウィルスンとの交際が座礁しかかると彼の家に逃げ込んだりする始末。そうこうするうちになかなか好青年のラッドも気にかかる存在になり、鈍感なところが良い面でもあるウィルスンとの間で選択を迫られる。
 ラッドの方も父親を救う為に自ら数年の刑に服するか、自らを救って父親を終身刑(注:重度の再犯の為)に追い込むか悩み、その結論をパーティにおける彼女の対応に任せることにする。

最後の彼女の決断がラッドの運命と、ひいてはニコルスンの運命を左右する終盤がクライマックスとしてまずまずの面白さで、ニコルスンが旧悪を告白してからお話として俄然興味深くなるが、観客はそれまではじっと我慢の子を続けることが必要。
 野球好きの僕だから、ヒロインが日本とも縁の深い全米ソフトボール・チームの選手、ウィルスンが大リーグ選手という設定によりそれなりに観ていられるが、彼らが選手として活躍する場面が殆ど無いのは不満。尤もそれがあったらもっとピンボケな作品になっただろうから、帯に短し襷に長しといったところですかな。

前半から中盤にかけてつまらないのは、彼女とウィルスンとの関係を中途半端なところから始め、他方のラッド側の状況を詳しく解らないまま進行させるからである。が、ラッドに関しては終盤の展開を効果的にする為に取られた措置とは思う。

「自分の心に正直に行動する」を基調にして“選択”を鍵にする作劇は古臭いながらも悪くないが、ヒロインの考えが甘ちゃんすぎるので興醒めさせられる、というのが総論。

配役では、コーチ役モリー・プライスが正にソフトの選手というタイプであるのに対し、リースは余りに細い。7、8年前近くの上野村不二洞に遊びに行った時日立高崎(現ルネサス)の選手たちとすれ違ったが、TVを通して見るより遥にがっちりしていた。ましてアメリカの選手はさらに上を行くわけだからキャスティングとして若干無理があるものの映画の評価としては重要ではない。

オリンピックから野球とソフトが消えたのは寂しいね。

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