映画評「ビッグ・ガン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1973年イタリア映画 監督ドゥッチョ・テッサリ
ネタバレあり

映画史的に分析すれば1972年の「ゴッドファーザー」のヒットに始まる世界的マフィア映画の流行に乗って作られたであろう、アラン・ドロン主演の本場マフィア映画である。

画像ミラノ、欧州全体にネットワークを張る暗黒街組織で殺し屋として抜群の実績のあるドロンが、息子の7歳の誕生日を機に組織から足を洗うことをボスのリチャード・コンテに話す。しかし、組織の事情に精通している為にそうすんなりと認められるはずもなく、ある日彼の車に仕掛けられた爆弾により愛する妻子が死んでしまう。
 彼の悲痛もお構いなく葬儀の時に襲撃してきた組織員二名を猛烈な車での追跡の末に抹殺した後、怒り心頭に発した彼はパリからハンブルクへの列車の中で幹部の一人を射殺、コペンハーゲンでも猛烈の撃ち合いの末に襲撃者を全員仕留める。
 ミラノに戻って幹部をやっつけた後復讐に空しさを感じて来た為、彼を頼りとする内通者の女性カルラ・グラヴィナを伴って故郷シチリアに戻る。間もなく同郷のコンテから和睦を兼ねて招待された娘の結婚式に多少訝しさを感じながらも丸腰で出かけた彼に意外な人間が銃口を向ける。

画像というお話で、冷徹な殺し屋という意味において「サムライ」を想起する映画ファン、ドロン・ファンも多いと思うが、180度逆のところもある。
 「サムライ」が“孤独な殺し屋”を描いていたのに対し、こちらは家族を全ての基礎に据えている極めてイタリア的/シチリア的な殺し屋を、つまるところ“殺し屋の孤独”を描いている。従って、こちらのドロンの方が表情が豊かで、親しめる人が多いかもしれない。

お話自体は当時のイタリア犯罪映画には珍しくがっちりしているものの、ジュリアーノ・ジェンマと付き合いの多かったドゥッチョ・テッサリの展開ぶりは馬力がある代わりに、ショットや場面の繋ぎにイタリア職業監督らしく粗雑なところが目立つ。しかし、昨今の映画文法を無視したようなひどい作品ばかりに接しているせいか以前観た時より印象がぐっと良くなり、かなり面白く観られた。

中盤はアメリカで何度も映画化された「パニッシャー」とほぼ同じお話です。

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