映画評「パリ、ジュテーム」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2006年フランス=ドイツ=リヒテンシュタイン=スイス映画 監督:本文参照。
ネタバレあり

先日の「PARIS」同様パリに暮らす、若しくはやって来る人々を描く、18編の連作オムニバス映画。平均して5~6分というショート・ショート映画版である。

ブリュノ・ボダリデスによる第1話「モンマルトル」は救命士が駐車中の自分の車の横で倒れた女性を介抱するうちに縁ができる、という他愛ない物語だが、坂道の多いモンマルトルらしさを反映したところが面白い。

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グリンダ・チャーダの第2話「セーヌ海岸」はナンパする友人の列には加わらない真面目な若者がイスラム教の少女と知り合う。彼女の祖父の扱いが上手く味が良くなった佳作。

第3作「マレ地区」はガス・ヴァン・サントらしくゲイ男性のお話か? 

ジョエルとイーサンのコーエン兄弟による第4話「チュイルリー」はあるカップルに翻弄される外国人スティーヴ・ブシェミを描く。この兄弟らしいとぼけた味わい。

第5話「16区から遠く離れて」はウォルター・サレスとダニエラ・トマスの共同監督。自分の子を託児所に預けてベビーシッターをしなければならない移民の現実を観照的なタッチで描く。

有名な撮影監督クリストファー・ドイルの第6話「ジョワジー門」は一人合点。

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イザベル・コイシュの第7話「バスティーユ」は妻ミランダ・リチャードスンが末期の白血病と知った夫が看病をするうちに彼女に再び恋をする。彼女がハミングしているのが「突然炎のごとく」の主題歌「つむじ風」だったということもあって大いに気に入った一編。物語としては全編中僕のベスト。

第8話はフランスで人気のある日本人監督・諏訪敦彦の「ヴィクトワール広場」。カウボーイ好きだった息子を亡くした母親ジュリエット・ビノシュが見るカウボーイの幻想譚で、商業映画監督の仕事を放棄したとしか言えない「不完全なふたり」よりは余程映画らしい。

アニメ監督シルヴァン・ショメの第9話「エッフェル塔」はほぼ全編パントマイムで綴られる楽しい一編だが、息子を励ます幕切れにじーんとさせられる。特殊処理はなくもがな。

第10話はアルフォンゾ・キュアロンの「モンソー公園」で、父親ニック・ノルティーある男を巡って将来が不安という娘ルドヴィーヌ・サニエを励ます。ちょっとしたトリック作品。

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第11話「デ・ザンファン・ルージュ地区」は撮影中の映画女優マギー・ギレンホールが麻薬を買うというだけのお話で、オリヴィエ・アサイヤスが監督。

第12話「お祭り広場」はチンピラに刺された黒人移民が薄れゆく意識の中で一目ぼれした学生とのデートを叶える夢を観る。監督をしたオリヴァー・シュミッツは日本では無名に等しいが、なかなか胸を打つ作品だ。

歓楽街ピガールを舞台に中年男女ボブ・ホスキンズとファニー・アルダンが妙な会話を繰り広げる第13話「ピガール」はトリュフォー的な才気を感じるリチャード・ラグラヴェネーズ監督作品。

ヴィンチェンゾ・ナタリによる第14話「マドレーヌ界隈」は女吸血鬼と青年イライジャ・ウッドの恋物語。

第15話「ベール・ラシェーズ墓地」は婚前旅行中に価値観の違いが発覚したカップルの男性ルーファス・シーウェルに墓地から現れた作家オスカー・ワイルドが知恵を授ける。ウェス・クレーヴン監督作品。

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第16話「フォブール・サン・ドニ」は女優ナタリー・ポートマンと盲目の学生の恋模様。監督のトム・ティクヴァとしては傑作「パフューム ある人殺しの物語」ではなく出世作「ラン・ローラ・ラン」に近い軽快なタッチで楽しませる。

第17話はフレデリック・オービュルタンとジェラール・ドパルデューがジョン・カサヴェテスにオマージュを捧げたような(作り方が似ているという意味ではありませぬ)一編で、ベン・ギャザラとジーナ・ローランズが離婚調停中の夫婦役を演じる。中年以降の鑑賞者には身に染みようか。

最終話はアレクサンダー・ペインの「14区」。旅に出た中年米国女性マーゴ・マーティンデイルがパリを愛しパリに愛されているような気がして、生の喜びを実感する。つまり、今までの挿話をテーマ的に収束させる役目を負い見事にそれを果たした一編。

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全体として、各編非常に短いので退屈する前に終ってくれるという利点がある一方なかなか描き切れないという制約のある中で半分くらいの作品が相当健闘したという印象があり、最後のまとめも秀逸。

寄ってらっしゃい見てらっしゃい。居ながらにして「2時間パリ一周」できるよ。

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