映画評「アイム・ノット・ゼア」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2007年アメリカ映画 監督トッド・ヘインズ
ネタバレあり

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ビートルズ派の僕としてはボブ・ディランはそこそこかじっている程度でそう詳しくはないのだが、本作で使われている曲は大体知っている。本作はマーティン・スコセッシのドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」を事前に観るとよく解る内容・・・というより観ている人は敢えて観なくても良いような気がしないでもない。
 しかし、ボブ・ディランの要素と人格を分解して性別年齢人種の違う6人の俳優によって演じさせようという試みは、トッド・ヘインズ監督の実験的精神の現れとして注目するに値する。

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ウディ・ガスリーを尊敬し入院中の病院を訪れたトラディショナル・フォーク時代のディランを投影するのは黒人少年ウディ・ガスリー(マーカス・カール・フランクリン)、吟遊詩人としての側面をなぞるのはアルチュール・ランボーを名乗る若者(ベン・ウィショー)、ゴスペルに傾倒した80年代のディランを反映するのは突然リタイアして牧師として再生するジャック/ジョン(クリスチャン・ベイル)、私生活を投影するのはジャックの伝記映画に出演しフランス女性(シャルロット・ゲンスブール)と結婚し破綻するロビー(ヒース・レジャー)、プロテスト・ソングの熱烈なファンからユダ呼ばわりされた転身直後のディランに相当するのはジュード(ケイト・ブランシェット)。そして環境破壊への抗議に立ち上がる中年ビリー(リチャード・ギア)は73年ディランが音楽を付け出演もした「ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯」をモチーフにした人物であり、かつプロテスト・ソングのコンポーザーとしての一面を投影したものと理解できる。

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色々面白い部分があるが、中でもジャックを回顧する箇所の疑似ドキュメンタリー(モキュメンタリー)的な演出が興味深く、その中でジョーン・バエズを思わせる女性シンガーに扮してジュリアン・ムーアが登場すると、事前に「ノー・ディレクション・ホーム」を見ている鑑賞者は思わず失笑(苦笑?)してしまうに違いない。

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さらに、ジュードと別れた直後ジョン、ポール、ジョージ・・・の4名がファンから逃げ回る「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」が遠方でこっそり再現されているのが愉快だが、リンゴの名を外しているのは意図的なもの。役名ジュードもビートルズを連想させるが、実際にはユダの意味で使っているのだろう。また、先日観た「ファクトリー・ガール」でディランと恋に落ちたイーディ・セジウィックもココとして登場するなど、一種のパロディー映画として観ると相当に面白い。

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前作「エデンより彼方に」も50年代メロドラマ監督ダグラス・サーク風にこしらえた大真面目なパロディー映画だったので、トッド・ヘインズは真剣な顔をしてお遊びするのが元来好きな監督と思って間違いない。
 しかし、僕もにやにや笑って観ていただけにあらず。逃亡する為に貨車に乗り込んだビリーがウディーのギターを弾く幕切れは時代が違うはずなのにリンクし、ディランの好きだったガスリーを偲ぶ意図も感じられ、思わずじーんとさせられてしまうのだ。

トッド・ソロンズは老若男女8名に同じ役をやらせた・・・後できっと混乱する。どっちのトッドがどっちを作ったかって。

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