映画評「グッド・シェパード」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年アメリカ映画 監督ロバート・デニーロ
ネタバレあり

「ブロンクス物語」以来13年ぶりのロバート・デニーロ監督第2作は、かなりの秀作だった前作に優るとも劣らない出来栄えである。それにしてはアメリカでの評価は低い。

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1961年アメリカCIAがキューバのカストロ政権転覆の為に反カストロ派キューバ人を使って仕掛けたピッグス湾作戦が情報の漏洩により失敗、その直後にこの作戦を指揮したベテラン諜報員マット・デーモンのもとに一葉の写真と音質の悪いオープンリール・テープが届く。
 彼は技術部に写真とテープの解析を依頼、映画は解析模様を挟んで、彼の諜報部員人生を綴っていく。

1939年、若きデーモンがエール大学のフリーメイソン的組織“スカル&ボーンズ”に参加、先輩のウィリアム・ハートを介してCIAの前身諜報組織OSSに身を置くことになる。私生活では恋人タミー・フランチャードがいたのに議員令嬢アンジェリーナ・ジョリーの誘惑に乗って妊娠させた為に彼女との結婚を余儀なくされ、息子を儲ける。
 戦後OSSは文民組織CIAに再編成され、冷戦時代のスパイ合戦が激しさを増し、やがてお話は現在に併合される。

解析の結果父親の後を追ってCIAに身を置こうとする息子を通じて情報がソ連に流れていたことが判明、父親は息子の恋人になって情報を流したアフリカ女性を抹殺する。

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シェパードという人名もあるので邦題からは意味が解り難いが、原題には定冠詞theが付いているので【良き羊飼い】とほぼ理解できる。が、クリスチャンではないのでそれが【キリスト】を指すなんてことは映画を理解する為に調べて初めて解る事である。映画はこうして勉強になり、また色々な知識があればより映画を楽しむことができるのでまた勉強する。映画の効用と言うべし。

語るべきことの多い作品だが、基本的にここは短評なので要点を絞ることにして、その第一はOSSからCIAの成立、CIAの初期活動が良く理解できるという感興があること。
 CIAが映画界で一番持てはやされたのは恐らく先般再鑑賞した「スコルピオ」が作られた1970年代で、冷戦終結以降はFBIに人気の座を奪われた形になっている。現実の世界でもCIA解体の噂があるが、その一方でここへ来て新冷戦の構造も見えて来て人間は懲りない生き物だなあと苦笑したくなる。本格的に新冷戦時代に入れば事前にその出現を予言した作品のように位置付けられるかもしれない。

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とにかくスパイ組織は非情なものであり、国家の為に働く【羊飼い】は個人の幸福を顧みてはいけない。本作のもう一つの見るべき個所は、個人の幸福を捨て、「良き夫、良き父たれ」と父が自殺前に残した遺言に反する夫であり父親でなければならなかった主人公の、言わば悲しき人生である。CIA諜報部員という格好良いイメージとは裏腹にとぼとぼと歩く後ろ姿に侘しさが浮かび上がる。或いは国家を裏切ったと自殺した海軍大将の父親の無念をはらす為の国家への忠誠だとしたら何と皮肉な人生であろうか。

この作品を見た時の僕の体調は必ずしも良くなかったので、見落とすなどして訳の解らないままになっている点があって現時点で精査できないものの、エリック・ロスによる脚本の出来は相当良い。恐らく辻褄が合わなかったり無駄な部分は殆どないのではないかと思う。

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それを最近流行りの小手先の演出を一切用いず丹念かつ重厚に描き切ったデニーロには賞賛の拍手を送りたい。下手すればひどく散文的になりかねないところを切り抜けられたのは映像のシャープな構図によるところが大きく、撮影監督ロバート・リチャードスンの殊勲である。

そして、マット・デーモンの感情を押し殺した演技が断然優秀。感服致しました。

デニーロさん、監督に専念しても十分食べていけますよ。

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