映画評「ジョーズ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1975年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ
ネタバレあり

スティーヴン・スピルバーグの言わずと知れた出世作である。しかし、日本人にとっては劇場公開されたTV映画の傑作「激突!」が出世作であり、アメリカ人とは感覚が違うと思う。

ロングアイランドに属する小島アミティで若い女性がサメに襲われるが、観光資源を失うことを恐れる市長マーリー・ハミルトンは遊泳禁止に反対した為に少年が亡くなる。不安を覚える署長ロイ・シェイダーの招いた若い海洋学者リチャード・ドライファスが駆除されたサメが小型のイタチザメで事件と関係ないにちがいないと主張しても市長が海岸を封鎖しなかった為にさらに若い男性が襲われ、ここに至って初めて市長は過ちに気付く。

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というのが前半のお話で、スピルバーグはヒッチコックをお手本にしたかのようにユーモアを交えた緩急自在のサスペンスフルな演出で上手く見せる。内容には行政風刺的な側面もあるが、緩の部分として署長夫婦が子供たちを心配する様子を微笑ましく捉える一方で、これまたヒッチコック流に観客の学習効果を巧みに利用してサスペンスを醸成する。ジョン・ウィリアムズ作曲のテーマ曲が流れると条件反射的に緊張感が観客に走るのである。
 サスペンスの生み出し方には二種類あり、一つは何が起こるか分らない為に起こる(本能に訴える)もの、一つは観客は知っているが登場人物が知らない為に起こる(知性に訴える)ものである。どちらが持続的で強烈かと言えば勿論後者であり、サスペンスの何たるかを知っている監督はこれを上手く活用する。本作はその典型だが、最近のホラー映画は全くその逆を行き僕を嘆かせるのみ。

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やっと市長の許可を得た署長は鮫捕り名人の荒くれ男ロバート・ショーを雇ってドライファスを加えたトリオでサメ退治に乗り出す。
 作品の性格がここで一気に冒険活劇的に変わるのであるが、今回改めて確認したのは本作の署長の立場が「激突!」のサラリーマン(デニス・ウィーヴァ-)と瓜二つに設計されていることである。どちらも恐妻家的で余り積極的に事を起こそうとしない(署長は海と船が嫌いである)が、大きな敵が現れた時対処する為に潜在的な勇気(言わば原始人的本能)に突き上げられるのである。

本作の出来栄えは十分優秀であるが、「激突!」と☆(2点)一つの差を付けざるを得ない。演出的に差はないが、着想の差が大きいからである。「激突!」は本来怖さなどないところに恐怖を発生させ、シンプルなアイデアのまま最後まで見せる超絶技巧の作品。言わばヒッチコックの「」と同じタイプの着想で、演出が下手ならば「絵に描いた餅」に終わるところを若きスピルバーグは台無しにせずに抜群の着想を生かし切った。

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こちらは人食い鮫という元来怖いものをテーマにしているので、前回のタンクローリーと同じ役目を負っているとは言え、着想的には何ということはない。つまり、本作ではスピルバーグには着想をダメにする危険性がない代わりに、そのアイデアの限界を演出力でカバーする必要があった。勿論彼の生まれ持った映画的センスはその役目を十二分に果たして、映画史に残るマイルストーンを打ち立てたのである。ことに前半の気の持たせ方は優秀。

大変おジョーズにできました。

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