映画評「華麗なる恋の舞台で」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2004年カナダ=アメリカ=ハンガリー=イギリス映画 監督イシュトヴァン・サボー
ネタバレあり

英国の文豪サマセット・モームの少なからぬ作品群の中で最も映像化の多い小説「劇場」の最新映画化だが、意外なことに本国が映像化に絡んだのは今回が初めて。

画像

ロンドンの才能溢れる舞台女優ジュリア(アネット・ベニング)は舞台監督の夫マイケル(ジェレミー・アイアンズ)と二人三脚的に劇場を維持しているものの、変化のない生活と寄る年波から、劇場の経理を担当するようになった米国青年トム(ショーン・エヴァンズ)の誘いによろめいてしまうが、彼は若い女優志願エイヴィス(ルーシー・パンチ)に心変わりした上に彼女に新作の役を与えてくれと頼んで厚顔無恥ぶりを見せる。
 ジュリアは冷静なふりをして彼の願いを聞き入れるが、エイヴィスが夫と浮気をしていることを知り、遂にやってきた舞台初日、誰も予想だにしない行動に出る。

画像

意外にもこれまで祖国ハンガリーの苦い過去を描く社会派作品が目立ったイシュトヴァン・サボーが監督。
 オペラをテーマにした「ミーティング・ヴィーナス」以上に娯楽性が高いと思うが、彼が舞台に興味を持っているのは日本に初登場した「メフィスト」より明らかで、劇場を巡る描写には手慣れたものを感じさせる。
 その一方で、1938年のロンドンが舞台ということで、その娯楽性の中にやはりナチスの影を見出すことはできる、のではあるが、とりあえず本作ではイデオロギー的なことは忘れて軽妙な展開を楽しみたい。

画像

ドラマとしての面白さは、ジュリアが思い切った行動により私生活面で逆転満塁本塁打的な復讐を成し、それによって女優として円熟を迎えつつもマンネリ化していた彼女が新境地を開くという、芸道もの的な要素も持ち合わせていることである。

画像

人生を舞台のように演技して生きてきたこのベテラン女優が舞台上で彼女が遭遇している現実そのもの(Being Julia という原題は恐らくそれを指すのであろう)を見せる、というのがひねりとして優秀で、何年も前に亡くなり幽霊のように現われる師匠マイケル・ガンボン(上画像参照)の「劇場こそ現実だ」という言葉が効いてくるのが上手い。但し、ガンボン老が出過ぎで、興を殺ぐ面もある。

配役では、アネット・ベニングが特筆すべき好演。アイアンズの英国的ムードも見事。

これぞ本当の復讐劇!

"映画評「華麗なる恋の舞台で」" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント